第四話: Gott ist tot−13




「ほんとになんも分かってねぇんだな」

「な、なに言いよんちゃ」


その伊吹の言葉に臼利がすぐに噛みつくが、伊吹は臼利に一瞬だけ視線をやってから、こちらにそれを移す。


「雲南やあんたが、北九州空爆を機にVASNAに入って思想に染まってく中で、臼利はあんたがおかしくならねぇように近くにいたんだろ。でもどうしようもなくて、臼利も、そんで誰も助けられなかった猯も、ずっと苦しんでた。あんたが先に助けるべきだったのは、俺じゃなくて隣にいるそいつだろ」


桐生はそれを聞いてひゅっと息を飲んだ。図星だったからだ。
別に桐生は気づいていなかったわけではなかった。自分を尊敬してくれる臼利が、自分を助けるためにVASNAにいたのは知っていたし、しかし桐生に特に反対するでもなく、隣で常に助けてくれていた。
何も言わずに隣で支えてくれる臼利のためにも、桐生はいち早く目的を達成しなければならないと自分に言い聞かせていた。都合のいいことだけを拾って、必要な犠牲などと自分をごまかして、雲南や猯のことも見えないふりをして。

それはすべて伊吹のためだった。しかし、別に伊吹がそれを望んでいるわけではないことも知っていた。伊吹自身が気づいていないだけ、だなんて言い訳をしていたのは誰のためだっただろうか。
伊吹なら世界を、より多くの人を救えると信じたのは確かだ。その希望に依存していたのも事実だ。

だが、その事実に逃げていた。

それを強引に突きつけた伊吹の言葉は、伊吹の言葉だったからこそガツンと響いた。もう、逃げ場はない。信じる都合のいい妄想も信仰も、呆気なく「本物の」伊吹が壊してしまった。壊れゆくベルリンという光景を見せつけて。


「あんたが養成したテロリストたちが、これを引き起こした。実際にはそう誘導したのは俺たちだけどな。それでも、実行に移したのは結局VASNAだ。満足か?ようやく戦争が終わって平和を取り戻せたと喜んで夏の日を出かけた無実の市民を虐殺して」

「ッ、八さんはそげなこと望んちょらんかった!!八さんはただ、ただ…!」

「…もういいちゃ臼利。もういい」

「…八さん……」


目が覚めた、のかは分からない。いや、ずっと分かっていたのだ。引き際が分からなくて、どうやってやめればいいのか分からなかっただけだったのかもしれない。多くの人を死に追いやった。多くの人を兵士にしてしまった。後戻りはできなくて、だから都合のいい方便に逃げていた。ギュルハネ公園で出会った国防軍の男たちもよく分かっていたものだ。

助けられなかったことに絶望したのが始まりだったはずなのに、いつの間にか、自分でも気づかぬうちに本末転倒なことをしていた。


「……すまんかった、臼利。俺のせいちゃ。つらい思いばっかさせた」

「…そん、そげなことねぇっス、俺は…八さん、」


臼利はついにボロボロとその大きな瞳から涙をこぼした。子供のように嗚咽を漏らす臼利は、きっと本当に苦しかったはずだ。


「…頼む朝倉、臼利だけは、なんとかしちくんねぇか。俺のせいちゃけん、同罪やねぇ」

「なッ、なに言いよんのですか!!」


臼利は涙を目に浮かべたまま桐生に詰め寄る。そんなことは許さないと訴えかけてくるが、せめて臼利だけは帰国させてやりたかった。元の生活に戻してやりたかったのだ。それが、桐生にできる最後のことだと思っていた。


「…俺はお前らを断罪するために来たんじゃねぇ」

「分かっちょる、けど…最後に臼利んためにしちやれんのは、それだけちゃ」


できれば、両親には息子がテロリストになったと知って欲しくないため、このまま行方不明として処理してもらい、自分はどこが適当に荼毘に付されるような死に方をしたい。だがそんなこと、とてもこの心優しい兵士に頼むことなどできなかった。
しかし伊吹は、ため息をついて桐生の正面に近づいてきた。1メートルもないところで向き合うと、身長差が大きいのだと気づく。威圧感からか、もっと大きいように見えていた。


「…俺がわざわざこんなところまで大使館から直行したのは、お前らを見つけるためだった。この辺りを含む地区を担当してたのは昼神と侑…お前らがイスタンブールで会った奴らだ。多分、お前らのこと殺してただろうな。だから、お前らがあいつらと出くわす前に回収しようと思ってここに飛んできた」

「話すため…?なしてわざわざ…」


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