第四話: Gott ist tot−17
沼井の後ろ2メートルほどの位置まで接近して、じっとその後頭部を見つめる。沼井はカウンター席に座って、勝手に拝借したのだろうビールジョッキに入ったビールをあおり、ベルリン名物のカリーヴルストを食べていた。
「…沼井和馬だな」
「そういうお前は戦略核兵器級魔法科兵とやらの朝倉伊吹だな。こんなところで会えるとは思わなかったぜ」
沼井はそう言って、椅子を回転させて振り返った。カウンターに肘を突いて凭れ、ニヤリとしてこちらを見つめる。
言い方からして、この男は桐生や雲南とは違う。もちろん、照島や佐久早たちとも違うだろう。伊吹に対する感情ではない理由でVASNAにいる。そういう者の方が数としては多いと聞くが、組織の始まりは伊吹への崇拝のようなものを抱いた人間たちによるもののため、上級幹部には伊吹に対する崇拝をする人間が多いそうだ。
「あんたには会ってみたかったんだ。俺がVASNAに入ったきっかけはあんたの魔法だし。まぁ、他のヤツみてぇに変な感情はねぇけどな」
「目的はなんだ」
「魔法が使えるようになるってのが最初。あとは失業してっから単に金が欲しいってとこだな。一応、あんたへの憧れくらいは持ち合わせてるぜ?ライプツィヒを吹き飛ばしたあの魔法は鳥肌が立った」
やはり沼井がVASNAにいる目的は大したものではない。しかし、どうやらもともとドイツにおり、ライプツィヒ攻撃での伊吹の魔法を見ていたらしい。それがきっかけではあるようだ。
「戦後すぐに帰国できりゃ、国防軍に志願して定職についてこんなことしなかったと思うぜ。でも、ザクセン州は被害がでかくて日本政府と日本大使館の支援が滞ってた。結局仕事もねぇし金もねぇから難民扱い、終戦したら日本はこれ以上の魔法科兵の増員をしねぇことを条件の一つにあんたを維持する横浜議定書附属書1Cを締結しやがった。行き場をなくした俺もちょっとはかわいそうじゃねぇ?」
明暗が言っていたが、ドイツ東部は被害が大きく、ドレスデンを州都とするザクセン州は邦人援助がうまくいっていなかった。それによってこぼれ落ちた沼井がVASNAに加入した。国防軍が受け皿になれれば良かったのかもしれないが、日本は横浜議定書において魔法科兵を増員しないように決めており、新たな募集は戦後行わなかった。
「…同情はする。でも、それは誰かを殺す理由にはならねぇ」
「ま、そりゃそうだ」
沼井はそう言って笑うと、ビールを飲んで、ジョッキをこちらに向ける。
「あんたも飲むか?」
「…現状、魔法使いを逮捕して言うこと聞かせるのは困難だ。だから、ここではお前を逮捕するか殺すかしなきゃなんねぇし、情報を聞き出すためにあんたを洗脳する必要もある。ろくな目には合わねぇぞ」
「まぁまぁ、ちょっと話そうぜ。座るか?」
変わらずにそんなことをのたまう沼井に伊吹はじとりとした目線だけ寄越した。沼井は肩を竦めるとビールジョッキをカウンターに置いた。
「…あんたはさ、その魔法で気に入らねぇヤツをボコそうとか思わねぇの?M17の国だってあんたのこと人として扱ってなかったじゃん」
会話を続けるつもりらしい沼井に、伊吹はどうしようかと迷う。こんなところで悠長に話したくはなかったが、先ほど空中浮遊中に天童に片付き次第ベルリン中央駅に来るよう指示してあり、まだ到着していない。天童が来たら洗脳をかけてもらいたいが、そのためには時間を稼ぐ必要がある。
仕方なく、伊吹は会話に応じることにした。
「…確かに俺は、魔法を必要としてたわけじゃねぇし、そもそも軍人ですらなかった。でも、こうやって軍人っつー立場になったからには、今ここでできる形で世界の平和に貢献してぇと思った。それだけ」
「それだけ、ねぇ。あんた自身の感情はどうすんの?あんたに対してひでぇ扱いする各国政府に対してさ」
「どうでもいい。それは俺にとって重要なことじゃねぇから」
「ふーん。やっぱVASNAってあんたにとっちゃ有り難迷惑ってやつだな。分かってたけどよ」
「ほんとにな」
沼井は大して興味もなさそうに言うと、椅子から立ち上がる。動きを見せたことで警戒すると、沼井はまたニヤリと笑った。
「あいつらのお前への執着は理解できねぇけど、IMAの資料より実物のが綺麗な顔してんのは確かだな。抱こうと思えば抱けるわ」
「…はァ?!おま、なに言って、」
「ぶっは、動揺してやんの。かわいいじゃん」
ケラケラと笑った沼井が唐突に言った言葉に動揺したのはまさに図星で、天童を待たずにいてもいいかと思ったその直後、沼井は足下に展開した衝撃魔法によって器用にその場から瞬間的に離脱した。
障害物を吹き飛ばして吹き抜けへと一瞬で移動する沼井に、伊吹は盛大に舌打ちをついて追いかける。逃げられてたまるかというのもあるが、聞き捨てならないことを言われた怒りもある。