第五話: Evangelical Atheist−1


第五話: Evangelical Atheist(敬虔な無神論者)



ドイツ連邦共和国・バイエルン自由州フライジング。


ベルリンでのテロから一夜明け、早速伊吹たちSecretは日本へと帰国するべく、ミュンヘン国際空港のターミナル2にいた。欧州でも最大規模の空港の一つであるこの空港は、往時の賑わいこそなくなっているものの、経済活動が本格的に再開した欧州の航空ハブとして最大限稼働していた。

ターミナル2の5階、H5番ゲートは特にフライトの予定もなく閑散としている。少し離れたところに羽田行きのゲートがあり、今は搭乗時刻の40分前くらいだった。なるべく民間人の近くにいないようにしていることから、Secretのメンバーはこうして離れたゲートの長椅子に座っている。
伊吹たちの座る椅子から2列ほど挟んだ正面には、大型のテレビがあり、延々とベルリンのテロ事件と関連するニュースを報道していた。

英語で報道されているが、すでに日本でもトップニュースとなっている。

「ベルリン同時多発魔法テロ」と呼称されているテロ事件は、ベルリンのミッテ区を中心に発生した、バンコク・スワンナプーム国際空港魔法テロ事件に次ぐ魔法テロであり、G10臨時サミットを狙ったものだった。
民間人の死者は235人、負傷者は2000人以上。
また、ドイツ軍とベルリン市警に合わせて38人、イタリア軍に3人、スウェーデン軍に2人の死者が出ており、報道関係者や政府関係者も18人が死亡、外国政府関係者も6人が命を落とした。すべて合計すると300人以上が死亡したことになる。

事件の概要を伝えるニュースと同じくらい、もしくはそれ以上に報道されているのは、ついに犯行声明を出したVASNAの存在だった。
今までもカルトのように週刊誌などで報じられたこともあるVASNAだったが、今回のベルリン事件でとうとう犯行声明を発表した。そして、初めて世界に向けて目的を語った。

ちょうどテレビ画面はその犯行声明映像となり、伊吹はちらりと見てすぐに目をそらす。隣に座る昼神が心配そうにこちらを見たあと、「ちょっと寝る?」と声をかけてくれた。搭乗時刻になっても上級会員から通されるため、確かに時間はまとまっている。
しかしそういう気分にもなれなかった。


「…や、いい。ありがとな」

「…うん」


それだけ答えてまた無言になる。牛島は一列後ろに座っていた。昼神と反対側の隣に座る侑も心配してくれている様子だったが、こちらは静観してくれていた。

VASNAの犯行声明をまとめると、概ね佐久早たちが言っていたようなことに集約される。映像で語っているのはアメリカ人の初老の白人男性で、VASNAの会長を名乗っている。

「これまでの宗教の神はすべて偽物でした。いもしない神に縋り、祈り、呪った。しかしそれももう終わりです。人類は新たな段階に至りました。魔法です。魔法が現れ、超常現象は神のものではなくなりました。魔法使いになれるのはごく限られた、選ばれし人間のみです。そしてその頂点に君臨するのが朝倉伊吹です。彼は「この地界の王」となるでしょう。新たな生命となった魔法使いという存在が次の人類そのものであり、旧人類が作り上げた既存世界の秩序は淘汰される時が来たのです。次なる主である王を迫害し貶める既存の世界を破壊し、少しでも旧人類を減らすこと。それが我々VASNAの使命なのです。いずれ我々は王を玉座に据えるべく彼の元にお迎えに上がります。そのとき、人類は審判の日を迎えるのです」

長々とそう語った男は現在も行方が分かっていない。全世界のVASNAの集会施設はすでに焼却されており、本部があった米国シャーロットでは大規模な爆発が起きて50人以上の死亡が確認されていた。

また、VASNAに関する報道の他には、ハレ郊外にある倉庫から魔法兵器の一部が押収されたことや、ベルリン事件で逮捕された兵士たちが自殺したこと、深圳事変と香港騒乱、バンコクのテロもVASNAによるものであることなども報じられていた。

さらに、ベルリンのテロでは日本の国防軍が事前に情報を察知して国連の要請に基づき活動していたことも報道されており、その中に伊吹も加わっていたことが世界に明らかにされている。
それでもなお、伊吹に対する風当たりはどんどん強くなり始めていた。もし本当に伊吹が「王」となるようなことになれば、簡単に世界が淘汰されることを理解しているからだ。その恐怖から、人々は伊吹に対して本能的な拒否反応を示し始めている。それは人が人である以上、仕方のないことだった。


204/293
prev next
back
表紙へ戻る