第五話: Evangelical Atheist−2


日本の国防軍でもこのことは議論になっている、と報告した際に武田が言っていた。
今回のベルリンのテロでは、死者数を抑えることはできたものの、数が数だけに死者数を減らせたというようには世論は評価していない。もちろん、国防軍がいなければもっとたくさんの犠牲が出ていたという報道は世界中でされてはいるものの、それ以上にVASNAの目的の方がショッキングだったのだ。
彼らは魔法で世界を滅ぼすと言っており、伊吹をまるで神のように崇拝していると同機を明らかにした。その異常さが、世界中で恐怖を著しく煽っていた。もともと得体の知れないものだった魔法というものがさらに不気味なものとなったことだろう。

今回の西アジア諜報活動からベルリン魔法テロの対応に至るまでの間で伊吹たちがもたらした成果としては、猯と雲南という新たなスパイを手に入れたこと、そして沼井、大将、広尾という新たな幹部の存在と国連内部のスパイを明らかにしたことだ。

また、桐生と臼利はベルリン中央駅で投降したが、武田は「洗脳魔法を使われて脱獄されたら問題です」と言って、なんと日本で引き取ることにした。それはドイツやG10の国々の厄介者を抱えたくないという思惑と一致して、すぐに桐生と臼利の身柄は日本へ移送されることになった。このことは報道されていない。
国防軍内部では、雲南、猯、桐生、臼利の4名については犯罪行為を行う前に国防軍が買収し味方にしたため無罪であるという体裁にするとし、刑務所に入れるという負担を避けたようだ。ただの怠慢と言えばそれまでだが、まさかの事実上の無罪扱い、さらには国防軍への引き続きの協力という一定の自由まで与えられ、本人たちもポカンとしていた。
猯と雲南についてもある程度スパイとして利用したところで日本に帰国させることになっている。

そんな幕引きとなって、伊吹としては複雑だ。正直、感情としては最善と思っていた結果よりもさらに良いものとなったが、かといって彼らが何の罪も犯していないわけでもないのだ。
しかしこればかりは上が決めること、伊吹は従うほかない。詳しいことは帰国後に決まることになっており、伊吹自身の処遇についても日本政府内で議論が続くことになっている。今はそれを待つばかりだった。


搭乗時刻が少しずつ近づき、伊吹はとりあえずトイレでも済ませてこようと思って立ち上がった。落ち着かない気分だったこともあり、一人になりたい雰囲気を纏って「トイレ行ってくる」とだけ告げてその場を離れた。空気の読めるSecretのメンバーはついてくることはなく、伊吹は一人で離れたトイレに入った。
H5番ゲートからトイレはかなり離れており、5分近く歩く。広い空港であるため仕方がない。
最寄りのトイレを見つけて中に入れば、やはり近くのゲートに人がいないからか、トイレは無人だった。並んだ個室もすべて扉が開いている。

特に催しているわけではないため、どうしようかと立ち止まってしまう。適当に手だけ洗って戻ろうか、と思ったその瞬間、すぐそばに人影が現れた。


「ッ!!」

「しーっ、静かに。久しぶり」


なんとそこにいたのは照島だった。突如として現れた姿にしばらく呆然としてしまう。


「な…は?お前、なんで、」

「めっちゃ動揺してる、かわいい〜」

「うるせぇ殺すぞ」

「急に殺意たけー」


ケラケラと笑った照島は、おもむろに伊吹の腰を抱き寄せるとそのまま個室の一つに入った。流れるように扉を閉めて鍵もかけられる。体が触れ合うこの距離で伊吹が殺せない相手はいない。伊吹は落ち着いて照島の動向を見守った。


「すげーっしょ、パシュトゥニスタンで輸送中にパクったシールド兵器の一種。迷彩効果つきの孤立空間魔法シールド」


要は孤立空間魔法の上に光学系の魔法を展開したものだろう。黒尾が深圳の平安国際金融中心ビルでやっていたものだ。気配を完全に消すことができるため、こうして制限区域にも易々と入ってこれたわけである。


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