第一話: Persona Non Grata−2
現在、世界は第三次世界大戦と呼ばれる戦争状態となっていた。あの先の大戦以降、世界は決してそれを繰り返さないようにしようと数多の努力を重ねてきたし、大半はある程度機能していた。
しかし第三次世界大戦は現に起きてしまった。
最初は確かに、イデオロギーの対立という簡単な二項対立ではなく、単なる地域紛争の散発的な発生といったほうが正しかった。それが今や、ロシア・イラン・トルコ・中国・北朝鮮という枢軸国と、米国・イスラエル・EU・台湾・韓国という連合国とに分かれての対立構造ができている。
ソウルは現時点において、最も苛烈な戦況となっている場所であり、世界のそのような場所としては最も巨大な都市だった。
『クロ、着いた?』
「目標ホテル、および接近するミサイル確認。連合軍の地対空兵器も無線通り全滅だな」
『作戦通り、防衛後に邦人を保護して。今から約15分後にSIA-87が到着するから』
「了解。聞こえたな、二口、昼神」
「目標視認、いつでもOKっス」
「大丈夫でーす」
二人のいつも通りの緩い返事を聞いてから、黒尾はホテルへ接近するミサイルを確認する。ホテルは7階建て、直撃すると上階が下階を押し潰してしまうだろう。
辺りに民間人の姿はなく、周辺の住宅街が破壊されても問題ない。
「…よし、いけ!」
そうして黒尾の声とともに、二口と昼神は先程と同じように、あまり揃っていない声で「直列孤立空間魔法術式展開」と一言口を開く。
その瞬間、ホテルに着弾しようとした小型のミサイルの前に真っ黒な板のようなものが出現した。なんの変哲もない空間に突如として現れた異様な黒い壁は、ミサイルが直撃すると、ミサイルを爆発させた。煙が晴れると、そこにはなにも残っていない。一瞬のことだったため、見間違いかとすら思うだろう。
黒い板に阻まれたミサイルは一切の爆風すらホテルに向けることは叶わず、無傷の建物が佇んでいた。
「…さすがの展開速度だな」
「伊吹に褒められたら照れちゃうな〜」
「いや、普通に伊吹に言われても嫌味にしか聞こえねえ」
「あ?」
「すぐガン飛ばす…」
伊吹は何の他意もなく褒めたのだが、素直に喜んだ昼神に対して二口はそうのたまった。素直に受けとれば良いものを、と睨めば視線を逸らす。
『敵の地対地ミサイルはこれでクリア、退避行動に入って』
「了解。ほら、行くぞお前ら」
黒尾はいつも通り過ぎる3人に呆れてから、埃で煤けて窓にヒビが入った高級ホテルに向かっていく。このなかに、逃げ遅れた日本人が30名ほど取り残されていた。
ソウル市内に残っていると見られる日本人はおよそ2500人、北朝鮮による無差別ミサイル空爆が行われている地獄の市街地では、日本人を狙って助けに行くことなど普通は不可能だ。
なるほど確かに、不可能を可能にする力という意味では、これはまさに魔法だ。
黒尾はシャッターの閉じられたエントランスへと階段を駆け上がると、入り口横のブザーを鳴らしてシャッターをけたたましく叩く。
心得たようにシャッターが開いて、中から清潔であっただろう白い制服を汚した韓国人のホテルマン3名と、恐怖に顔を染めた日本人たちの姿が出て来た。
先頭に立った黒尾が、いつのまにか解いていた迷彩魔法のない伊吹たちを示しながらにっこりと微笑む。
「我々は連合軍統一特殊兵科連隊第二中隊に参加している、日本国国防陸軍の特殊部隊です。皆さんを助けに来ました」
途端に安堵の表情を浮かべた人々。地獄は始まったばかりだが、今この瞬間は、伊吹は彼らにとって希望そのものだった。たとえ、ここにいて作戦行動を取ることを国際法的に禁じられていたとしても。