第一話: Natural Right−4
「おまえ、んっ、ほんとに、俺のこと、好きなわけ」
「そうだよ。世界で一番に思ってる」
シャツをたくし上げ、晒された伊吹の肌を撫でながら昼神はそう答えた。
伊吹は特に自分のセクシュアリティを考えたことはなかったが、男性を好きになったこともなかった。感情そのものに違いはないはずだが、いまいちピンとこない。
「なんで、そんな」
すべて言う前に、昼神は動きを止めた。そして、至近距離のまま伊吹と視線を合わせる。
「平和のために生きてきたのにこうして手を汚すことになった。でも、それでも人を助けられるように国防軍でできることを考えてずっと努力を続けてる。そういう生き方とか、社会や人間ってものに対する考え方とか、そういうところが好きになった。特別なんだよ」
「…特別」
繰り返して口にすると、昼神は小さく笑う。
「……伊吹は、そういう人はいないの?」
特別な人、そう言われてパッと思いついたのは、やはり牛島だった。無意識に頼ってしまい、そしてそれを伊吹が気にしないでいられる数少ない人物だ。
牛島に対する自分の感情をしっかりと考えたことはなく、これまで関係性を疑問に思ったことしかなかった。自分たちはどういう関係なのか、牛島はどう思っているのか。それよりも前に、伊吹は伊吹が牛島をどう思っているのか考えるべきだったのかもしれない。
「…わかんね、俺、自分のことなのに、」
「…そっか」
変わらず昼神は仕方ない、というように笑うと、そっと伊吹の下半身に手を伸ばした。足の間、さらにそこからベッドと体の間に手を差し込んで、後ろを撫でられる。
「っ、」
「体をつなげるって、愛情を確認しあう手段でしょ?そういうことしたい相手だよ。そんで、その人とずっと一緒にいたいって思うんだ。俺にとっての伊吹だけど、きっと、伊吹にとっての俺じゃない」
「ひ、るがみ…」
昼神が言ったことを反芻する。触られた場所はあからさまに「行為」のための場所として認識されるもので、そしてそれを暴かれることに対して、信頼し先ほど許した相手であるはずの昼神ですら、恐怖心とともにほんの少しだけ嫌悪感を抱いた。昼神に対してそんなことを感じたという事実それ自体にすら伊吹はショックだったが、同時に、そんなときでも頭に浮かんだ顔に愕然とする。
「俺、牛島さんのこと、好きだったのか……」
思わず口をついて出た言葉に自分で驚く。まったく自覚していなかった感情の正体に気付き、そして、じわりと目元に水分が溜まっていく。
昼神はそんな様子を見て苦笑すると、伊吹のシャツを戻して優しく頭を撫でてきた。
「当たり前だよ。一番伊吹がつらいとき、ずっとそばにいたのが牛島さんなんだから。自分の弱いところ見せて頼れる相手って、それだけ心を開いてるってことで、そういう人を好きになるのってなにも不自然じゃない」
「っ、昼神、俺は、」
「伊吹にとっての俺じゃない」と言った昼神はどんな気持ちだったのだろうか。無自覚のうちに好きだった牛島につらく当たられたことでショックを受けていたのと同じように、昼神だって、こうして事実を突きつけられてどう思うだろう。
咄嗟に伊吹は、昼神の肩を掴んでしまう。昼神はそういう機微も察したようで、またひとつ苦笑して、伊吹を抱き締めた。厚い肩口に顔を押し付けられて、清潔な石鹸の匂いがダイレクトに鼻孔に入ってくる。
「大丈夫だよ、知ってたし。知ってたから、牛島さんの伊吹への言動に腹立った。だからここで寝取ってやろうかとも思ったんだけどさ、俺はきちんと伊吹に、牛島さんと俺とを並べて選んで欲しいなって」
「選ぶって…俺はそんな大層な立場じゃねぇだろ…」
「いいんだよ、惚れた方が負けなんだから。伊吹が弱ってるところに付け入るんじゃなくて、牛島さんより俺の方がいいって思わせたい」
そう言って、昼神は伊吹の頭を撫でながら少しだけ体を離すと、伊吹の額にそっと口づける。その口元を離してから、昼神は真剣な表情で伊吹の頬を包むように撫でる。
「でも、牛島さんが本当に伊吹のことを放って国防軍としての立場を優先するんなら、そしてそのせいで伊吹が孤独になっちゃうんだったら、俺はそういうの全部捨てて、伊吹と逃げるよ。だから伊吹、怖がらなくていいからね」
昼神の瞳に諦観などは見えなくて、ただ強い意志と感情だけを宿していた。
「牛島さんや国防軍が居場所じゃなくなっても、俺がいるから。一人にしないよ」
「っ、ずりぃだろ、そんなん…」
どこまでも欲しかった言葉を告げる昼神の言葉は気休めでもなんでもない。伊吹の居場所が担保されているうちは、正攻法で牛島と競うつもりだが、最悪の場合は一緒に逃げようと言ってくれた。きっと昼神はそうなったら有言実行するだろう。
緩んだ目元を見られたくなくて、伊吹は昼神の首筋に顔を埋めるようにして抱き着いた。都合がいいと自分でも思わないでもない。しかし、そのおかげで伊吹は、はっきり自信をもって、まだ戦えると思うことができたのだ。