第二話: Glória in excélsis Deo−1


第二話: Glória in excélsis Deo(我らに光を示される汝に栄光あれ)



牛島に寄せていた好意の正体を知ったところで、変わるのは自分の面持ちだけだ。

伊吹は昼神によって牛島のことが好きだと気づかされたが、同時に、牛島との現在はっきりと空いてしまった距離感に二重で打ちのめされることになった。
伊吹にとって牛島は頼れる相手で、そばにいたいと思える人物であったが、牛島にとってそうなのかは分からない。分からないまま、タシュケント以来の心の距離が広がる一方だった。気づいた瞬間に失恋したようなものだが、伊吹の感情とて「恋」と一文字で表現できるようなものではない。自分の感情すら紐解けないほど複雑であるのにこの状況だ、伊吹はますます陰鬱な気持ちになった。

翌日の夜、伊吹は及川の部屋を訪れた。相談があると事前に言っておいたため、及川にはすぐ部屋に通される。及川も一等陸尉であるため、この寮では1人部屋だ。


「で?相談ってのはウシワカのこと?」

「…まぁ、分かりますよね」

「そりゃあね」


及川は心得たように笑うと、自身はベッドに座り、伊吹にはデスクチェアを示した。回転椅子に座って及川と向き合うようにして落ち着くと、及川はベッドに腰かけた低い位置から見上げてくる。


「何があったの?」

「ちょっと任務中にすれ違いがあって…」


伊吹は昨晩昼神にしたのと同じような話をした。Secretでの活動内容はたとえ同じ大隊内部であっても原則として伏せる必要があるため、任務そのものに関わることは言わなかったが、及川はさすがに理解が早かった。


「なるほどね、状況は分かった。でもそれだけじゃないよね、昨日と今日で明らかに違うし」

「……俺、昨日、牛島さんのこと好きだったんだって、気付いたんです」

「え、やっと?」


こういう話は少し緊張するが、及川はそんな軽い口調で答えた。伊吹は一瞬驚くが、この聡い男が気付かないわけがないか、とすぐに納得する。


「やっぱ、及川さんは気付いてますよね」

「二人のこと見てれば分かるしね。第二小隊のメンバーだってみんな知ってるんじゃない?」


牛島率いる第二小隊とは、伊吹自身はさほど関わりが多くなかったはずだ。それなのに筒抜けとはどういうことか。疑問に思っているのが分かったのか、及川は苦笑する。


「天童君が、『若利君といるときの伊吹も、伊吹といるときの若利君も、全然普段と違うよネ』って言ってたよ」

「こわ…」


洗脳魔法が使える天童だが、そんなものを使わずともそれくらいは悟ってしまうほどの察しの良さを兼ね備える。空気は読めるのに読まないタイプだ。


「話聞いてる感じ、多分ウシワカの方もダメージあるんじゃないかな」

「え……」

「タシュケントでの任務からミュンヘンの空港に至るまで、全体的にウシワカが自分の言動をコントロールできてないように感じるからさ。自分で自分の言った言葉にダメージ受けてんでしょ。でも伊吹から関わるなって言われてるから、律儀に目線すら合わせないよう頑張ってるっぽいね」

「…あの人が自分の言動コントロールできないとかあるんすか」

「それだけ伊吹に対しては感情が大きく動くんだよ」


牛島のことを朴念仁と呼ぶのは及川だ。実際にその通りであるが、しかし伊吹といるときは確かに表情はよく動く。

目線すら合わないここ数日のことは、どうやら伊吹が空港で「必要以上に口出すな」「もう二度と頼らない」と告げたことに起因するらしい。


「…あの人はあの人で、謝ろうとか、思ってるんすかね」

「当たり前じゃん。でも伊吹に言われたことはせめて守ろうとしてるんでしょ。まっ、いっときの感情に任せて言葉を選ばなかったあいつの自業自得だし、別にいいんじゃん?もう少しほっとけば」


急に罪悪感に駆られたのを見越したように及川はそう言ってくれた。しかし、伊吹はぐっと手を胸元で握る。


「……俺は、一緒にいたいです」


そう口にした途端、また目元が緩んで水滴がこぼれる。最近涙腺が言うことを聞かなくて、伊吹は慌てて目元を拭った。くそ、と内心で思っていると、及川が立ち上がり、そっと伊吹の頭を撫でた。


「こんな可愛くていい子泣かせるなんて、罰当たりなヤツだよね」

「っ、泣いてねぇっす」

「それはさすがに嘘」


けらけらと軽く笑っているのに、伊吹の頭を撫でる手つきはどこまでも優しい。「それなら仲直りしろ」などと言わないのは、牛島も伊吹も立派な大人だからだ。それは自分たちで決めることだと及川は尊重してくれている。

もう少し、自分の感情に自分で整理をつけなければ、きっと腹を割って話すこともできない。伊吹は、及川の言うことを聞くわけではないが、今すぐ行動に移さないことを選んだ。これだけ動揺している自分もまた、牛島を傷つけてしまうのが怖かった。


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