第二話: Glória in excélsis Deo−2


事態がそんなことを言っている場合ではなくなったのは、それからすぐ二日後のことだった。

いつも通り、訓練を終えて自室に戻ると、郵便受けに封筒があった。見覚えのある字で書かれた差出人は照島、発送地はトルコだ。
急いで開封して中身を取り出すと、前回のおちゃらけた長文とは違い、短く簡潔な文章だけが書かれていた。


『東京でのテロの決行日が分かった。8月25日、ビッグサイトでGMEx(ジーメックス)が開かれるのに合わせてCHREUSのデモがある。それに対するカウンターアタックとしてテロが起こる。デモの場所とGMExの会場周辺を中心に警戒しろ』


恐らくこの手紙がテロまでに届くか際どいところだったのだろう。焦ったような筆跡から様子が窺えた。

GMExはGlobal Magitech Exhibitionの略で、「国際魔法科学展示会」と呼ばれている。戦後すぐに日本で提唱され開催が決まり、8月に予定されていた。世界初の魔法科学の展示会だが、しかしここまで魔法をめぐる情勢が悪化するとは予想外だっただろう。
主催者側は、「むしろ会場こそが最も安全」と魔法科学によって守られた会場設備に自信を持っているようで、展示会は予定通り行われることになっている。


「カウンターアタック…そんな次元で済ませるつもりのテロじゃねぇだろ」


VASNAの狙いは伊吹、ひいては日本だ。まだ比較的魔法に好意的な日本を動揺させるためには、大規模なテロを起こす必要がある。デモに対するカウンターというレベルの話ではないのは確かだ。

分かっていたとはいえ、思ったよりも少し早いそれに、伊吹は深呼吸をして落ち着く。まずは報告するべく、伊吹はすぐに武田と烏養に電話を入れて会議室に向かった。


会議室に着くと、もともとこの建物にいたのかすでに武田と烏養が揃っていた。「すみません」とだけ手早く挨拶をすれば、二人はすぐに事態を理解した。


「情報が来たんですね」

「はい。照島から、8月25日のCHREUSのデモに合わせるという情報がありました」


手紙を長机に置くと、烏養が拾い上げてさっと中身を読む。短いそれはすぐに烏養の頭に入り、武田はもはや見ることもせずに状況を整理していた。


「その日はGMExの初日ですね。CHREUSが大規模なデモを起こすことは警察から申請を受けた旨連絡をもらっています。情報としては間違っていませんので、確度は信用に足るものでしょう」

「問題はどう対応するかだが…」


そこで烏養は言葉を止めた。伊吹が怪訝に思ってその顔を見上げると、烏養は難しい表情をしていた。武田も普段の柔和な表情が鳴りを潜めて険しい顔をしている。


「…都内に俺たちが展開するだけじゃねぇんすか」

「恐らく、国防軍から許可が出ない」

「は……?」


まさかの言葉に、伊吹は呆然とその顔を見上げてしまった。烏養はため息をつき、武田の方を見た。視線に合わせて伊吹も武田を見遣ると、武田が口を開く。


「あらかじめ、都内でのテロを想定して上にいろいろと確認を取っていたんです。そうしたら、『今のこの状況では迂闊に魔法科大隊を市街地に展開させられない』と返答がありました。嫌な予感がしたので、有事の際、もしくはその危険がひっ迫していてもそうなのか重ねて確認したところ、『原則として普通科、基本的には警察の管轄だ』とのことでした」

「警察どころか普通科兵だって太刀打ちできる相手じゃねぇのにいったい何を…」


信じられない上層部の態度に、烏養は伊吹の肩に手を置く。見上げた表情は苦虫を嚙み潰したようだった。


「せっかく日本は核兵器なみの軍事力を手に入れられた。このまま魔法への否定的な潮流が強まって、世界から伊吹の身柄の引き渡しを求められるような事態になるのは避けたいんだろ。だから、いたずらに魔法科兵を人目に晒したくねぇんだ」

「…そんなこと、言ってる場合じゃねえっすよね」

「あぁ。だがこの国はシビリアンコントロールだ、内閣総理大臣か都道府県知事からの要請がない限り出動できない。要請があっても国防軍は普通科を出す。そう決まっているのなら、俺たちはそれに従うほかねぇんだ」

「北九州のことをもう忘れたんすかこの国は…!」


死んでからでは遅いのだ。使えもしない軍事力を腐らせてみすみす多くの人命が失われるようなことになっては、いったいなんのために伊吹たちがいるというのか。
もちろん、民主主義のこの国で許可なく軍事行動をとるなどご法度だ。しかし、イデオロギーも理想も理論も、決して命を救う力など持ってはいないのだ。


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