第二話: Glória in excélsis Deo−3


東京都新宿区・新宿三丁目交差点。

モダン建築が今も現役の老舗デパート・伊勢丹と大通りを挟んで反対側にあるもう一つのデパート、新宿マルイ本店にて、その8階のコーヒーチェーン店の窓際に陣取った伊吹は眼下の通りを見下ろした。そのまま耳元に手を当て、ブルートゥースのマイク付きワイヤレスイヤホンのマイクをオンにする。


「こちら朝倉、様子はどうだ」

『こちら昼神、マークシティからスクランブル交差点を監視中、異常なし』

『白布より各位、ビッグサイト異常なし』


イヤホンから次々と聞こえてきたのは、都内に展開した仲間たちの無線。しかし、この行動は完全に私的なものであり、なんら命令は出ていない。そのため、伊吹はスキニーのチノパンに濃紺のシャツという私服姿だった。テーブルの向かいに座る二口や、イヤホンの向こうにいる昼神や白布たちもそうだ。

8月25日の今日、GMExに合わせて魔法の排斥を訴えるCHREUSのデモが新宿と渋谷で予定されている。日曜日ということで、眼下の通りは歩行者天国となっており、このコーヒー店も混み合っている。

そして、このデモを狙ったVASNAによるテロが計画されており、伊吹はついに国防軍から許可が下りなかったことを受けて、自主的にここへ来ていた。あくまでプライベートでテロに居合わせたという体裁にするのである。ちなみに国防軍と言えど週休二日制であるため日曜日の今日は普通に休みだ。


とはいえ、プライベートである以上はプライベートとして動く必要があるため、武器はもちろん無線などの機材も持ってきていない。丸腰の伊吹たちは、唯一、防御シールド兵器のINEXIAと、朝一でこの隣にある家電量販店で購入したワイヤレスのマイク付きイヤホンだけを身に着け、ポケットのスマホでグループ通話にして繋いでいる状況だ。ベルリンのときよりも、電波や端末の性能が良いためクリアに聞こえる。

また、今ここにいるのは全員ではない。


『こちら縁下、代々木公園から渋谷方面のデモ開始』

『こちら赤葦、道玄坂周辺は異常なし、交通規制も順調』


渋谷に集まっているのは第一小隊と第三小隊、第四小隊で、第一小隊は澤村・菅原・東峰がここに来ていない。第三小隊は木兎が来ておらず、第四小隊は諏訪、上林、野沢が来ていない。

各小隊長や、命令のないまま展開することに反対しそうな人物には元から声をかけていないのだ。


『こちら矢巾、新宿御苑でもデモ行進スタート』

『こちら弧爪、新宿駅東口も異常なし』


新宿に展開している第五小隊、第六小隊、第七小隊も同様で、第五小隊で来ていないのは及川、岩泉、松川、花巻、第六小隊では茂庭、鎌先、笹谷、第七小隊では黒尾、夜久、海となっている。

GMExの会場である国際展示場、通称ビッグサイトにいる第二小隊と第八小隊の場合、来ていないのは牛島、北、大耳だけである。


ここにいないメンバーは小隊長中心に上の代ばかりであり、彼らは駐屯地に残っている。もともと休日まで小隊みんなで仲良く、という感じではない上に、小隊長は他の隊員とフロアが違う。恐らく午前中である今はまだ気づいていないだろう。本来なら外出届が必要だが、全員が出し忘れたことになっている。外出届はあってないようなものとして、少なくとも第一魔法科大隊では認識されていることが功を奏した。

こうして誰にも気づかれないまま、大隊の7割ほどの人員が都内に繰り出している状況だ。

先ほど渋谷と新宿におけるデモ、「人類を分断する魔法に反対する緊急行動」が始まった。すでにGMExも開場している。


「始まったな」

「あぁ…何も起こらないならそれはそれでいいけど」


一緒に窓際の席から大通りを見下ろす二口は、氷を抜きにして頼んでいた冷たい飲み物をぐるぐると撹拌しつつ、ちらりとこちらを見る。


「…本当に良かったのかよ、こんなことして」

「……魔法科兵を除籍するわけにもいかねぇし、懲罰を与えることもできねぇからな。ついてきたお前らこそ良かったのか」


伊吹は各小隊の核となりそうな人物、すなわち縁下、白布、赤葦、昼神、矢巾、二口、弧爪、侑に声をかけたとき、「規則違反の自己満だ」と念を押した。民主主義に反したこの行動は決して褒められたものではないし、普通科兵なら懲戒だ。それでもこれだけの数が伊吹とともに来てくれた。


「お前だからだろ」


しかしなんてことないように二口は言って、多くの人で賑わう歩行者天国を見つめる。


「伊吹が守りたいって言って立ち上がったんだ、俺たちが応えないわけねぇだろ」


リーダーなど柄ではないと常々漏らしている伊吹が、こうして全員を率いて作戦を展開するなど初めてのことだ。Secretという分隊単位くらいだが、それも武田との相談があった。今回はそうではない。

そんな伊吹に賛同してくれた仲間たちに申し訳なさはもちろんあるのだが、それと同じくらい、元気づけられた。一人ではないと実感させてくれる仲間たちの姿勢に、救われた。


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