第二話: Glória in excélsis Deo−8
東京都新宿区・歌舞伎町一丁目。
ゴジラがビルから顔を出す映画館の建物を正面に見据えるセントラルロードで、伊吹は青根や作並とともに倒した敵の遺体を集めて分析していた。
カラオケや居酒屋、飲食店などが立ち並び、雑居ビルの壁面をカラフルな看板が埋め尽くす新宿らしい一角だが、戦闘によって窓ガラスが割れ看板が歩道にいくつか落下する被害が出ていた。最初のテロ発生時、元からこの区画にいた青根たちによって大規模な爆発による被害こそ出なかったためこれで済んでいる。この道を西に一本行けば歌舞伎町一番街、東に行くとさくら通りに出る。いずれも歌舞伎町の名を冠する歓楽街だ。
二口や黄金川は一番街にいる。ちょうど、小原がさくら通りでの作業を終えて伊吹たちに合流してきた。
「そっちはどうだった」
「普通の一般人。伊吹が言ってた通り、幹部の姿はなかったな」
「…厄介だな」
小原が倒した敵も含め、倒した敵の遺体の中に幹部の姿はない。戦闘の音が止んだことで徐々に人が外に出始めたため、察した小原と作並が繁華街を離れるよう誘導する。ほとんどは応じて映画館の裏手から北の方へと向かっていくが、スマホでこちらを映す者も多い。こういう者が恐らくあちこちにいるだろう。
デモ隊と合わせて膨大な数の人間がいたはずの新宿だが、激しい戦闘でかなりの数が二丁目方面や新大久保方面に逃げているようだ。しかし咄嗟に動けなかったり隠れることを選んだ者も大勢おり、そういう者たちがどんどん通りに出てきている。少しずつ、喧騒が戻り始め、あちこちに黒煙が上る街に人の声が聞こえてきていた。血を流して倒れる犠牲者やテロリストを見て上げる悲鳴、友人や家族の死に泣き叫ぶ声、誰かを探す叫び。合間に救急車や消防車の音も響き、警察が避難を呼びかける。
「すみません」
そこへ、そんな声がかけられた。伊吹が顔を上げてそちらを見ると、前髪で片目が隠れた背の高い男が立っていた。その姿を見た瞬間、伊吹は雲南たちから得ていた外見情報と一致する。
「ッ、広尾倖児…!」
VASNAパリ支部の幹部で、テロのために帰国していたという広尾がそこに立っていた。堂々と伊吹たちの前に姿を現すとはどのような了見なのか。
一気に警戒を最大にして睨みつけると、広尾はゆっくりとほほ笑んだ。
「こんにちは、伊吹。会えて嬉しいよ。早速だけど、『伊吹はVASNAが救済するべきだからちょっと捕まって』くれないかな」
「何言って、っ、」
すると突然、伊吹の左腕が掴まれた。掴んだ相手を見ると、青根が虚ろな表情で立っている。屈強な手で掴まれた腕はびくともしない。
「…青根?なにして、」
言い終わる前に、小原と作並もやってきた。同じように、その表情に色はない。
「ッ、まさかお前、洗脳かけたのか…?!」
「そうだよ、俺と優は洗脳魔法が得意なんだ」
洗脳魔法を解く方法は、洗脳された者の体内にある術者の魔力をすべて消して、術者との魔力の接続を切断することだ。もちろん、術者の意思でも解除できる。しかし魔力の除去はいまだに効果的な方法が見つかっておらず、現状では強制的に魔法を解除するには洗脳された者の意識をなくすか術者を殺すしかなかった。
「伊吹さん、国防軍も日本も世界ももうどうでもいいですよね」
作並はそう言うと、伊吹のポケットからスマホを抜き出しワイヤレスイヤホンを耳から外す。青根に拘束されているため動けず、抵抗できない。
「おい作並、お前ふざけんなッ、」
「大丈夫だ伊吹、最初は罪悪感あるかもしれないけど、良い世界になる」
「っ、お前ら、その洗脳レベルは…」
小原も伊吹の右腕を掴んで拘束に加わり、作並はスマホとイヤホンを破壊する。壊れた部品がバラバラと地面に散らばった。
自分の意思が捻じ曲げられるこのレベルの洗脳は最上級のものだ。人格や価値観にまで影響を与えるそれは、いちいち指示しなくても、それぞれが洗脳された新たな価値観に沿って自ら判断を下せる。
広尾が「伊吹はVASNAに救済されるために捕まるべきだ」と述べたため、それを目的に必要な行動をとる。だから青根と小原は拘束し、作並は通信手段を奪った。最も厄介な展開だった。
「クソ、あいつどこ行きやがった…!?」
広尾はいつの間にかいなくなっている。早く無線で警戒を告げないと、仲間たちが次々と洗脳されることになる。
青根たちの無線はどうやら自分で壊したらしく、この三人から通信することはできない。
「…悪い。ちょっと、痛いぞ」
一言そう言った伊吹は、ついに取り囲む三人に対して小規模な衝撃魔法を展開した。
シールド半径の内側にいたため孤立空間魔法が作動せず、三人は吹き飛ばされる。
青根は近くのカラオケ店の壁に激突し、作並は街灯に背中を打ち付け、小原は地面に転がる。こちらを見ていた市民から悲鳴が上がった。