第二話: Glória in excélsis Deo−10
映画館の崩落によって起きた粉塵に紛れて、伊吹はすぐにさくら通り、さらに東通りへと東に飛んだ。見つからないよう低空を飛んだため、爆発が起きた一番街の方をこわごわと見ながらスマホを向ける人々の頭上スレスレを通った。人々は驚いてこちらに視線を向け、中には「朝倉伊吹だ!」と叫ぶ者もいた。
「新大久保の方へ逃げてください!!」
伊吹はそう叫びながら人々の上を通り、カラフルでパンチの効いたサブカル系レストランの看板の丁字路を右に曲がる。
するとその前方、新宿区役所の方から魔力が放たれた。道に出ている多くの人々の先にいる人物が誰か分かる前に、伊吹のすぐ右側にあるビルから巨大な氷の結晶が生えてきた。それを寸でで避けると、左側や道路、さらにまた右からのビルと伊吹が飛ぶのに合わせて四方八方から氷の柱が伸びてくる。叫び声をあげる人々の頭上を通り抜けながら、前方にいる隊員を察した。
「国見…”Leaf”もダメか…!」
独立水氷魔法などというニッチな魔法を使うのは第1魔法科大隊では国見だけだ。それはつまり、矢巾が指揮していた第五小隊も洗脳されたということだ。
氷を避けつつ区役所の前に差し掛かると、案の定、こちらを見上げる国見と金田一、矢巾、京谷、渡の姿が見えた。
金田一が孤立空間魔法で伊吹を閉じ込め、視界が真っ暗になると、伊吹はすぐに魔力を流して逆流させる。金田一の魔力量はかなり多いため少し時間がかかったが、問題なく破れた。
しかし視界が明るくなった瞬間、目の前に京谷が現れた。シールド半径に入られる寸前で体をそらしたが、危うく爆発をもろに食らうところだった。
京谷の爆轟魔法によって区役所の壁面の一部が剥がれ落ちて窓ガラスが飛散する。相変わらず市民が悲鳴を上げながら歌舞伎町を右往左往していた。
京谷とは訓練でよく手合わせを頼まれ(挑まれ)叩きのめすということをするだけの関係で、正直ほとんど会話をしたことがなかった。ただ、京谷が言葉少なに伊吹に訓練の相手を頼んでくるのは嫌ではなかったし、聞くところによると京谷がそのようなことを頼むのは伊吹だけらしい。
そのため、関係性こそ薄くても、京谷の魔法の特性はよく理解している。
「…っ、なんつー威力だこいつ…ほんとに捕まえる気あんのか…?」
大雑把で繊細さは欠片もないが、その威力は大隊内でも群を抜いている。まさに第五小隊の主砲格だった。抉れた区役所の建物を横目に、これ以上京谷に魔法を食らわないよう速やかに靖国通りへと撤退する。
区役所の上へと勢いよく飛び上がり、建物を飛び越えて靖国通りに出ると、信号を超えて正面に出版社の本店を見据える。
しかし、背後から強烈な魔力が感じられて、咄嗟に伊吹は振り返る。直後、目の前に京谷がいた。衝撃魔法でここまで飛んできたらしい。着地はいったいどうするつもりなのかと思ったが、そのあたりは器用にこなすのだ。
シールド半径の内側に入ってきた京谷の精悍な顔立ちが目の前に迫り、伊吹は息を飲む。
次の瞬間、腹に衝撃が走り、一瞬で後方へと吹き飛ばされた。体の内側で内臓が激しくぶつかり合うような衝撃とともに、吐き気がこみ上げる。体は猛烈なスピードで後ろへと飛び、三半規管が言うことを聞かずにコントロールもできないまま、ガラスを突き破ってビルの中に背中から突っ込んだ。
窓ガラスに対してはシールドが作動したためガラス片が刺さるようなことはなかったが、すぐに壁に激突したことで、体は無事でも重ねて衝撃が体に走り呼吸が一瞬止まる。
「ッ!!げほっ!げほっ!!」
息を切らして、壁の塗装の破片とともに床に座り込む。鉄骨がむき出しになった壁に背中を預けて、なんとか胃からこみ上げようとするものを抑え込んだ。くらくらとする視界を定めるべく目を細めつつ辺りを見渡すと、そこはどうやら靖国通りに面する映画館だった。
吹き抜けの窓ガラスを突き破って壁まで叩きつけられたようで、右手にはシアターへの入り口が見えている。
「あれ朝倉伊吹じゃね…?」
「大丈夫ですか?」
映画館に逃げていた人々が、恐る恐るこちらに近づいてくる。スマホを向ける者の間から、心配して声をかけてくれる女性もいた。
「っ、はぁっ、げほッ…はやく、逃げろ…新宿線の三丁目駅の方に…!」
それに対して手を上げて制しながらなんとか立ち上がる。ふらふらとした足取りだが、飛ぶことはできるだろう。ここにいては巻き込んでしまう。
伊吹は風気魔法を展開し、吹き抜けから階下へと降りる。人々の注目を浴びながら、裏口から映画館を出て路地に出た。路地には、歌舞伎町方面から逃げてきた人々が座り込んでいたり不安そうに何人かで立ち止まったりしていた。散発的に爆発音が聞こえてくるため、どこまで逃げればいいのか分からないのだろう。それだけこの街は広いのだ。