第二話: Glória in excélsis Deo−11
路地を曲がって正面に伊勢丹が見えてきた。足取りも重く歩きながら、事態の深刻さに歯噛みする。
広尾と、恐らく大将も新宿におり、次々と第1魔法科大隊を洗脳して回っている。最初から姿を現さなかったのは、私服姿である伊吹たちを正確に見分けるため、そして全員が揃うのを待つためだ。
自分たちでは伊吹に敵わないと理解して、そのうえで仲間に攻撃させることで伊吹を弱める作戦だ。心理的にも、また実力的にもそれは極めて合理的である。
伊勢丹の入り口まで来ると、ガラス扉のところに見慣れた顔があった。
「伊吹さん!大丈夫ですか!」
声をかけて駆け寄ってきたのは影山だ。ふらつく伊吹を支えてくれて、入り口まで誘導してくれる。
「ボロボロじゃないスか、なんでそんな…」
「お前、大丈夫なのか…?」
思わず質問に質問で返してしまう。影山のシャツをつい掴んで高い位置にある双眸を見上げると、影山は目を瞬かせた。
「何がっスか?」
「…お前は洗脳されてねぇんだな、良かった。”Wall”と”Leaf”は敵の洗脳魔法にやられたんだ、お前も気をつけろよ」
「?洗脳されてるのは伊吹さんスよね?」
しかし、次に影山が言った言葉に伊吹は動きを止める。影山は伊吹を抱く力をおもむろに強めた。
「いっ…お前、なに言って、」
「こんな世界に洗脳されてる伊吹さんを助けなきゃなんねぇんスよね、田中さん、西谷さん」
入り口の前にいた田中と西谷に向かって影山が問いかける。二人はいつも通りのような快活な笑みで「珍しく理解がはえーな!」と返した。
単に影山が普段から仏頂面なだけで、確かに田中たちを見れば様子がいつもと少し異なるのが分かった。気づくのが遅れたことに舌打ちをすると、伊吹は影山を突き飛ばして拘束から逃れる。
そして走り出そうとしたが、背後から容赦なく田中の衝撃魔法が展開された。衝撃波が背中から伊吹に向かって放たれ、吹き飛ばされた軽トラックがこちらに飛んでくる。それを避けるため、伊吹は仕方なくガラスが割れた入り口から伊勢丹の中に入った。
高級デパートの中に入ると、室内は女性を中心にした甲高い悲鳴が響いて、ヒールの音とともに人々が走り出していた。テロ発生時からこの中に逃げ込んでいた人々や元からいた客たちが様子を窺っていたのだろう。
こんなところで戦うわけにはいかないとすぐに反対側に走り抜けようとしたが、フランスのハイブランドの化粧品コーナー付近にいた赤葦がこちらを振り返った。
「っ、赤葦、」
「ごめんね、伊吹を捕まえるためなら手段は選べないんだ」
そう言うのと同時に、赤葦は急激に魔力量を増幅させる。
「やめろ!赤葦!」
やろうとしていることに気付いて叫ぶが遅かった。
赤葦は最大威力の衝撃魔法を放った。さすがに伊吹のシールド兵器を破るほどではないが、猛烈な衝撃波がフロアを駆け巡る。
化粧品コーナーが黒い背景の壁ごと吹き飛び、ガラスのショーケースが砕け、宝石やアクセサリーがきらめきながら飛び散り、木目調の柱の塗装がはがれ、照明が割れて暗くなり、そして逃げようとしていた人々の悲鳴が一瞬大きくなったのち途絶えていく。
煙が立ち込めて、火災報知器がけたたましく鳴り響き、火花が散る中でスプリンクラーが放出される。それによって煙が晴れていくと、ショーケースやパーティション、レジ、カウンター、様々な装飾品、バッグ、瓦礫、ガラス片などが散乱し、天井からパネルが垂れ下がり、そして大勢の人々が倒れているのが見えた。黒い服の店員が目立つが、誰の服も埃と血で白と赤に染まっていた。
惨状に愕然としていると、突然目の前に薄い金髪が現れた。直前まで気配を消していたのだ。その攻撃が当たる直前にそこを飛びのき、靖国通り側へと着地する。
小規模な爆轟魔法によって攻撃してきたのは木葉だ。
「手荒な真似はしたくねーんだけどさ」
「これを手荒と言わずになんて言うんすか…!」
警戒を滲ませていると、木葉が起こした爆発による粉塵の中から鷲尾が突然姿を現した。半径の内側に入ってきた鷲尾によって伊吹は乱暴に床に引き倒される。
「ぐ…ッ!!」
「すまない」
謝るならやめてくれ、と伊吹を床に押し付ける鷲尾を見上げて思うが、思いきり胸元を掴まれているため息がしづらく声が出せない。
さらに鷲尾は、拳を握って掲げた。まさか殴る気かと、それが振り下ろされた瞬間に目を瞑ったが、その拳は床に叩きつけられた。同時に、内臓が置いて行かれるような感覚とともに体は落下を始める。床をぶち抜いて地下1階に落ちたのだ。落下の衝撃を予想していたものの、鷲尾に支えらえていたためゆるやかに落下する。
しかし伊吹はその隙をついて、鷲尾に対して雷電魔法を展開した。体が痺れる程度の電圧だが、その衝撃で鷲尾の拘束が緩む。そしてその体を蹴り飛ばすと、伊吹はケーキ屋のショーケースの上に着地した。鷲尾はスイーツ店のショーケースのガラスを砕いて叩きつけられ呻く。
周囲は悲鳴を上げて逃げ回る人々が立ち並んだショーケースの間を縫うように走っていた。地下に逃げ込んだ人々は非常に多く、ごった返していると言っていい。
伊吹は巻き込まないよう、風気魔法で飛んで1階に戻ると、こちらに接近していた木葉と赤葦にも雷電魔法をお見舞いしてやった。そして、床を埋める人々の体を避けながらマルイ側へと走り、いったん外に出てから、爆発のあった伊勢丹を見つめる人々を横目に新宿駅へと走った。
ちらりと見た新宿三丁目交差点は、すでに最初の攻撃で犠牲になった人々の搬送が終わったようで、血痕だけが残っているような状況だった。