第一話: Persona Non Grata−4


イラン・トルコとバックについたロシアが、イラク、シリア、レバノンを舞台にイスラエル・米国・クルド人・イラクのスンニ派ラマーディー政府・サウジアラビアと始めた第五次中東戦争は、サウジアラビアが米国の消極的な姿勢に対応するべく武器をパキスタンのスンニ派武装組織に貸与して越境攻撃をさせたことで、パキスタン国内でその武器が流用されてカシミール攻撃に利用され、第四次印パ戦争に発展した。インドはイラン・トルコ側に同盟して、パキスタンをイランと挟撃しつつ南部の独立運動を支援してバローチスタン共和国とシンディスタン共和国の独立に繋がった。

インドと対立し、パキスタンの債務不履行を警戒する中国はパキスタン側に立って参戦し、第二次中印戦争が勃発。
インドは味方を増やすべく、周辺国が紛争状態に陥って石油を輸出できずにいたトルクメニスタンに対してバローチスタンを経由してシンディスタンの首都カラチからインド洋に出るルートを提供することを表明した。

中東戦争が勃発して二カ月で東に拡大し、インドと中国という二つの巨大な市場の衝突という形に発展したことは、世界経済を大きく動揺させ、「シルクロードショック」と呼ばれる金融恐慌を引き起こした。
著しく収縮した世界経済のなかで、米国と違い静観の構えを見せていたEUと日本は、戦争の早期終結を安保理に訴えていたが、ロシア対中国対米国という三つ巴の対立構造では機能不全となり、国連は戦争の終結に役立つことはなかった。
しかしそれでも、この時点ではまだ世界大戦ではなかったし、それを避けることは十分可能なはずだった。

国力では劣勢であったイラン・トルコ・ロシアの「新悪の枢軸」と呼ばれる同盟国たちは、自分達を「枢軸」と呼んで鼓舞する一方で、このままでは敗北することを恐れていた。
そこで、中国に押されるインドがトルコに提案した形で、中国国内で迫害されるウイグル人の反乱を起こして中国を内側から崩す戦法に出た。

トルコを盟主として、ウイグル人と同じトルコ系民族国家のトルクメニスタンがこれに賛同、中国と関係が悪くトルコ系であるキルギスも加わった。これをインドが支援した。
一方、同じ中央アジアでもタジキスタンはペルシア系国家である上にほぼ中国の傀儡と化していたため拒否して中国側につく。また、トルコ系であるウズベキスタンは米国と関係が良好であり、なおかつキルギスと因縁があるため、むしろ米国・イスラエル連合に加わった。
タジキスタンはキルギス・ウズベキスタン両方と禍根があり、こうして、枢軸国にキルギス、連合国にウズベキスタン、中国にタジキスタンがつく形でここでも三巴の戦争が発生した。カザフスタンは中立を堅持したものの中央アジア全土に拡大したこの戦争は、ウイグル人の反乱によって起きた新疆内戦と合わさり、中央アジア紛争という新たな地域紛争に発展してしまった。

ロシアがいる枢軸国と中国は、この中央アジア紛争によって対立構造におかれたが、両国はともに戦争する気はなかったため、中ロ不可侵条約を締結した。

クルド人攻撃から半年でレバノンから新疆に至るまでが戦場となった複数の紛争は、解決に導く役割を果たせる大国がほとんど対立構造に加わってしまっていたなかで、唯一それが可能であったのはEUだけであったが、EU内でも中国寄りと米国寄りとで立場が分かれていたことで意見がまとまっていなかった。
さらにその欧州の議論を混乱させたのが、パレスティナの悲劇であった。

イスラエルの占領下にあったヨルダン川西岸地区では、聖地イェルサレム郊外でテロを計画していたとしてアラブ人1000人以上が殺害され、大半が無実の民間人であったことから、イスラエルによる虐殺であるという国際社会の批判が高まった。欧州では虐殺行為によってイスラエルと米国に対する批判が強くなり、中立の立場で仲介する役割を果たすことがますます難しくなっていた。

さらにこの虐殺行為は、サウジアラビアにおいてイスラエルと同盟する政府への批判を強めるスンニ派原理主義武装組織が自国政府へのテロ活動に繋がった。
これによってサウジのパイプラインや製油施設が破壊されてサウジは危機に陥り、サウジはそれを支援したとして対立していたカタールに軍事侵攻を開始、イランはカタールを助けるという名目で進駐し、カタールはサウジとイランの陸上衝突の舞台となってしまった。

中印戦争によって落ち込んでいた世界経済は、サウジの石油生産能力の急減とカタールの紛争によって第三次石油危機となってさらに落ち込んだ。
特に甚大な被害を受けた東アジア諸国に対して、米国はシェールオイルの輸出を強化して支援、日本などは辛うじて経済を保っている状況であった。

中東が泥沼化して再び大量の難民が押し寄せていた欧州では、フランス・ドイツのEUの盟主が、離脱した英国とともに戦争の終息に乗り出した。
それに焦ったのは劣勢の枢軸国。なんとしても戦況を有利に運ばなければならないと、滑り込みの勝利を狙い、これが戦争の更なる拡大を招いた。

イスラエルがガザ地区で再度虐殺行為を行うと、シナイ半島でのテロ活動が活発化してイスラエルへの越境テロが頻発、イスラエルはそれを阻止するためエジプト領であるシナイ半島に空爆を行った。
もともと中立ながらイスラエルによるパレスティナ占領に否定的だったエジプトはついに激怒し、トルコと同盟して枢軸に加わりイスラエルとの全面戦争を開始してしまった。
トルコはこれを好機と見てイスラエルの補給を断つ作戦に移り、北キプロスを併合してエジプトとともにキプロス全島を占領した。
キプロス国内にあった、英領主権基地領域アクロティリおよびデケリアも占領して英国の基地を接収して軍人たちを人質にとった。

戦場となったスエズ運河は実質閉鎖され、ロシアの扇動でリビアもトルコ側について地中海封鎖に参加、東地中海は完全に枢軸国によって封鎖され英国やフランス、米国の船舶が次々に拿捕された。
欧州はEU加盟国であるキプロスへの暴挙に加えて多数の人質がとられたことで態度を硬化。ついにロシアやトルコなどの枢軸国に対して国交断絶に等しい経済制裁を課した。

欧州との全面戦争が視野に入ったロシアは、この戦争が仲介のない終わり方をすると確信し、欧州への石油ルートを断つためにジョージアとアゼルバイジャンに侵攻してこれを占領した。これによって、ウズベキスタンやカザフスタン、アゼルバイジャンの石油が欧州へ運ばれる道は閉ざされる。

態度を明確にしていない最後の大国である日本などの東アジア諸国の干渉も防ぐため、ロシアはキューバとベネズエラに干渉してパナマ近海で海賊による米国船の攻撃を行わせた。米国からの石油すら滞った東アジアは致命的な石油危機に陥り、湾岸戦争を解決させずイスラエルに固執する米国への不信感が高まった。
特に日本は、イスラエルのダマスカス攻撃で邦人に犠牲者が出ていたこともあって米国やイスラエルへの反感を強めていき、それをロシアや中国によってネットで扇動され、狙い通り米国やEUに対する支援をすべて打ち切った。

それでもなお米国が全面戦争に踏み切らないのは、インドが中国と戦争していたからだった。なんとしてでもインドを戦争から離脱させ交戦しないようにするべく、米国は全面戦争開戦のための下準備を始めた。


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