第二話: Glória in excélsis Deo−17
南口改札前は非常に幅の広い開けた歩道があり、歩道だけで3車線分の広さがある。そして6車線の甲州街道を挟んで、駅の反対側にはバスタ新宿がある。左手の西口方面には歩道橋があり、向こうには超高層ビルが見えている。
甲州街道に停止されたままとなった車の台数はごく疎らで、最初のテロ攻撃時点でこの辺りでは被害がなかったため、交通規制によって大半の車がいなくなったようだった。おかげでひどく見晴らしがよく、この開けた空間に続々と集まって伊吹を取り囲む者たちがよく見えた。
第一小隊から第八小隊まで、すべての小隊が伊吹から10メートルほど離れた位置で円を描くように囲んでいた。
相変わらず東口エリアからは煙が立ち上って消防のサイレンが鳴り響き、超高層ビル群からも何本か煙が生じている。
南口周辺にいた人々は、集まってきた男たちが伊吹を囲む様を見て徐々にその場を離れようとしている。駅が封鎖されていることもあって往来に人気は少なかったがゼロではなく、遠巻きにこちらを不安そうに眺める人々がいるのも見えていた。
上空にはヘリコプターが何台も飛んでおり、戦場と化した新宿を報道するテレビ局が集まっている。地上にもそれなりに多くのクルーがいることだろう。これだけ広大な街を警察だけで封鎖することはできない。
伊吹はなんとか呼吸を整えて、すぐ近くにあった中央分離帯に腰掛ける。中央分離帯といっても、この道のそれは植え込みはおろかガードレールやポールすらなく、高さ数十センチほどの厚みのコンクリートが続くだけだ。そこに座って、目の前に降りてきた者たちを見上げる。
一番前にいるのが佐久早、隣には古森と百沢。その後ろには、大将と広尾、沼井、もう一人は見たことのない顔だったが、佐久早が言っていた潜という男だろう。
「降参したか?」
佐久早が淡々と問いかける。伊吹は回らない思考を巡らせる。まだ頭はガンガンと揺れるように痛みが走り、額から頬を伝うどろりとした温かい液体は血液であろうことから、出血もあって思考が霞みつつあった。
しかしそうでなくとも、この状況を打破する方法は一つしかなかっただろう。
このまま伊吹が洗脳されれば、70億の人命とともに世界は滅びる。それを避けるためには、ここで伊吹が自爆するほかない。
つまり、ティクリートやライプツィヒで使用した大規模な爆轟魔法によって、新宿ごと自爆して全員を焼き尽くすしかなかった。この巨大な東京にあっては、かつてティクリートやライプツィヒを消滅させたレベルの規模であっても、新宿と周辺の市街地しか吹き飛ばない。しかしそれでも死者は数十万人に達するだろう。
新宿の数十万人の命か、人類の存続かを選ぶしかないのだ。
ぽたり、と伊吹の顔を伝った血液がアスファルトに垂れる。視界も思考も霞む中で、伊吹を囲むメンバーを見渡す。その中に見当たらない人物がやはりというか脳裏に浮かび、最後に牛島と話すことができればよかった、と思ってしまう。
そう思った途端に、伊吹は我に返った。
いったい自分は今、何を考えていたのだろう。まさか、この期に及んで諦めて民間人を数多く巻き込む方法を選ぶつもりか。
そうやって事態を解決したとして、残された国防軍の牛島たちはどんな立場になるのか。
守ると決めたのなら、死ぬまでそれを貫くべきだ。ここにいるメンバーだってそうだ。伊吹は全員守ると決めたのだから。
伊吹はふらふらとしながら立ち上がる。中央分離帯の一段高くなったコンクリートの上に立って辺りを見渡す。ぼたぼたと鮮血がコンクリートに散って、服を汚し、左目にまで流れてきたことで目を開けられなくなると、左目だけ閉じて主観透視に切り替える。
「おい、押さえろ」
動き出した伊吹に警戒して、佐久早が命じる。侑と昼神がそれに応じて、伊吹のところまでやってくると両側から羽交い締めにしてきた。身動きができなくなったこと、よりにもよってこの二人が佐久早の指示で動いたことで、ついに伊吹は「ブチ切れ」た。
「離せッッ!!!」