第二話: Glória in excélsis Deo−18


伊吹がそう叫んだ瞬間、侑と昼神がよろめいて伊吹から離れた。まさか言うことを聞くと思わず、自分で離れろと言っておきながら伊吹はポカンとする。

さらに、取り囲む他の隊員たちも頭を押さえて呻いていた。


「っ、あんた、洗脳魔法使えたのか…?!」


愕然として言ったのは大将で、特徴的に揃えられた前髪を揺らしながら驚く。その言葉を聞いて、伊吹はふと天童が説明してくれた洗脳魔法の発動方法を思い出す。

洗脳魔法は、対象が認識できる言語で呼びかける際に魔力を声に乗せて、対象が認識した瞬間に発動する。これはつまり、声に乗った魔力が対象の脳内に滞留することで意識をコントロールするという事象である。だからこそ、その体内の魔力を除去することで洗脳を解く。対象か術者を気絶させて強制的に魔力を排出させることが主流だ。
しかし、伊吹は魔力量の多さからそもそも個人レベルでは洗脳にかけられない。今も、大将たちは直列展開して第1魔法科大隊と佐久早たち全員を繋ぐことでやっと魔力差を許容範囲内にしようとしている。
それは逆に、伊吹の魔力量をもってすれば、魔力を声に乗せることで相手の脳内に留まる術者の魔力を弾き出せるということでもあった。
先ほど感情に任せて怒鳴った際に、僅かに魔力が放出されたらしい。それによって隊員たちの洗脳が解けかかっていた。

伊吹は洗脳魔法を使うことこそできないが、魔力を声に乗せて玉突きのように他人の魔力を押し出すことくらいはできるのだ。

そうであるならば、やることは一つだ。

すう、と息を深く吸い込み魔力を喉に滞留させる。大将たちが慌てていたが、もう遅かった。



「おいお前ら!!俺に逆らうとはいい度胸だな!!全員しばいてやっから目ェ覚ませ!!」



そう怒鳴ったのと同時に、取り囲んでいた隊員たちはふらりとよろめいて、何人かは座り込んでしまう。しかしその表情には感情が戻り、驚きと混乱で目を見開いていた。


「なっ、んだこれ…?!」

「なんなんやこれは…!」


声がでかい黄金川やアランの声が響く。洗脳が解けたことに気付いた大将と広尾は顔を蒼白にした。これでは伊吹を洗脳することはできない。

佐久早は盛大に舌打ちをする。しかし、昼神たちの様子を見て口を開いた。


「昼神、宮侑、二口、灰羽、金田一、赤葦、月島、お前らは解けてねぇな」

「っ、マジか…!」


伊吹は両側にいる昼神と侑を見遣る。二人とも頭痛に顔をしかめつつ、しかし佐久早の言う通り洗脳が解けた気配はなかった。


「それぞれ他の隊員を気絶させろ、いったんリセットして洗脳し直す。俺たちは伊吹の相手だ」


佐久早は洗脳が解けなかった者たちに指示を出すと、古森、百沢たちとともに臨戦態勢になる。どうやら他の隊員たちを気絶させて伊吹の魔力を排出してからまた洗脳し直すつもりだ。その間に、伊吹をなんとかするのだろう。
佐久早たちにとってもかなりギリギリの戦いだ。後ろにいる沼井はニヤリとして楽しそうにしていたが、他は緊張感を滲ませていた。

啖呵を切ったはいいが、伊吹は正直かなり厳しい。魔力に問題は当然ないが、歌舞伎町での戦闘やここに叩きつけられたダメージが蓄積され、損傷した内臓も悲鳴を上げている。魔法が使えるとはいっても体は普通の人間なのだ、当然である。

昼神たちは隊員たちのところへ向かうと、おもむろに攻撃を開始した。どうやら記憶はあるらしい隊員たちは、驚きつつも事態を把握して、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら戦闘を開始した。
特に市街地や市民に被害を出してしまったメンバーは、その記憶が良心を激しく痛めつけていることだろう。それでも、さらに良心を痛める同士討ちを強いられている。

戦いが始まったのと同時に、至近距離での戦闘を避けるため各自が南口から遠ざかっていく。背後でバスタ新宿が、周囲の私鉄系百貨店や駅ビルが、次々と爆発や衝撃波で窓ガラスが割れて炎や黒煙を噴き出し始めた。
仲間のためにも、被害をこれ以上出さないためにも、早くそれぞれの戦いを終えなければならないが、伊吹はじり貧でVASNA主要メンバーとの戦闘をこなさなければならない。

左目を塞ぐ血の流れを乱暴に拭い、戦おうと自身も魔力を漲らせた、そのときだった。





「……―――遅くなってすまない、伊吹」





その低い声がした直後、伊吹の体はふわりと温かい体に包まれた。嗅ぎなれた安心する匂いと温もりに、思考より先に体が弛緩して、急速に安堵が広がっていく。


「うし、じまさん……」

「口出しするなと言われていたが、手出しするなとは言われていないな」

「ッ、ぁ、おれ、」

「いい、よく頑張ったな、伊吹」


太い腕がふらつく体を支えてくれて、思わず伊吹は体の力を抜いていた。逞しい体に抱き留められ、見上げた視界に精悍な顔が優しくこちらを見つめる。


「もう、大丈夫だ」


その一言で本当に大丈夫だと思わせてくれる、そんな人は、伊吹にとって牛島以外にいなかった。


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