第二話: Glória in excélsis Deo−19
いつもの濃紺の迷彩服にヘルメットという装備でいることから、堪らず国防軍の上層部は第1魔法科大隊全体に命令を下したのだと考えられる。静岡からここまで、高速の輸送機で到達して今ここに到着したようだ。少し遅かったのは命令が下るまでに時間がかかったのだろう。
伊吹は地面に膝をついた牛島の、膝と腕に上体を支えられて、右側にある牛島の体にもたれている。投げ出した足の先にいる佐久早たちは警戒を最大限に高めていた。
さらに、伊吹たちの周りに新たな紺色が姿を現した。
「ぼっくん、キレすぎて見境なしになんないでよ」
「殺す相手は限られてっからヘーキだっつの」
木兎と及川が両サイドに降り立つ。順に上空からパラシュートで降りてきたのだろうが、牛島を含めこの3人は途中でパラシュートを捨ててそのまま落ちてきたのかもしれない。木兎は見るからに殺気立っており、及川も青筋を端正な顔に浮かべている。
「及川、さん…木、兎さん…」
「もう大丈夫だよ、伊吹。よくここまで頑張ったね」
「あとは俺たちに任せとけ!」
木兎と及川は伊吹にはそう言って笑顔を見せたが、正面に向き直るとすぐにその眼光を鋭くした。
「牛島、駅構内および南口周辺はクリア」
そこに、後ろから茂庭の声がかけられた。続々と後ろから、輸送機を降りてきた隊員たちが甲州街道に降り立ち周囲に集まってくる。茂庭の言葉を聞いた牛島は「そうか」とだけ返すと、前方の及川と木兎に向かって声をかける。
「ここは俺と溝口大尉、直井大尉で引き受ける。それぞれ各小隊に合流することを優先してくれ」
「ウシワカばっかずりい、けどまぁ、これ以上新宿がダメージ受けると俺も服買うとこなくなっちゃうしね。いいよ」
「ちぇ〜、殺せると思ったのに」
及川も木兎も、直接ヤツらに手を下せなくて不平は言いつつも従い、集まっていたメンバーとともに新宿に散ったほかの隊員たちに合流するべく走り出した。あとには牛島と溝口、直井だけとなり、佐久早たちと相対する。
「う、しじまさ、俺も、」
「伊吹は十分に戦った、だから任せておけ」
知らず、ずっと気を張っていたものが緩むのを感じた。やはり命令に反して一人で大隊の大半を率いて東京での作戦を行っていたため、慣れない全体指揮とそれに付随する責任感が重圧となっていた。
任せておけ、その一言で伊吹はついに、誰かにもたれることを選択できたのだ。
牛島の胸板に頭を預けて体重を寄せると、牛島は一瞬だけ息を詰める。そして、そっと伊吹の頭を撫でてから、右手の拳を握り締めた。
フィンガーレスの革手袋越しに握った拳によって、暑さからか袖を捲って晒された腕の筋肉が盛り上がり、筋と血管が浮かんでいた。それとともに上から低く唸るような声が落ちてくる。
「伊吹に手を出したこと、永久に後悔しろ」
そう言った直後、牛島は拳を地面に叩きつけた。同時に衝撃魔法が展開され、無数の亀裂が牛島の拳を中心に一瞬で周辺一帯に広がった。その亀裂から衝撃波が走り、アスファルトが砕け、駅舎やバスタ新宿の建物が轟音を響かせた。
この新宿駅南口というのは、実は線路の上に立っている。地下1階に東口や西口の改札があり、1階に線路が、そして2階に南口などがある。2階の南口は、1階を走る線路の上にあり、甲州街道が線路を跨ぐ部分に位置していた。
そのためこの直下には線路があり、牛島が地面を破壊したことで、瓦礫とともに全員が1階へと落下を始めた。衝撃波によって南口改札の建物も亀裂が走って傾きながら半分沈み、緑色の大きな「新宿駅」という文字看板の「宿」が外れて落下する。改札機が歪んで切符が舞い、バスタ新宿の建物のガラスが一斉に砕けて散らばる。
数台の車とともに甲州街道は線路を押しつぶすように崩落して、牛島は伊吹を抱きかかえてジャンプすると、上から佐久早たちに爆轟魔法を放った。
同様に溝口と直井も飛び上がって空中から攻撃を開始し、佐久早たちはシールド兵器で防ぎつつ、足元がなくなった中で体勢を立て直そうとした。だが、その足元の瓦礫に展開された独立爆轟魔法は、佐久早たちが落下することで自ら魔法の展開された瓦礫をシールド半径に入れることになり、そしてシールドの内側で爆発を起こした。
佐久早たちはもろに爆発を食らうこととなる。しかしそれで倒せるような相手ではなく、すぐに古森と百沢が溝口と、大将・広尾・沼井・潜が直井との戦闘を開始した。牛島の相手は、佐久早一人となる。
牛島に抱きかかえられながら、伊吹はその怒気の滲む横顔を仰ぎ見た。凛々しい顔立ちが鋭く敵を睨み付ける様を至近距離で見るのは初めてで、同時にこの男がここまで本気の感情を露わにするのも初めてのことだ。
そしてその感情は、他ならぬ伊吹に起因するものなのだった。