第三話: The Tokyo's day to burn blue−9
シールドなしでこのまま落下すれば、命を落とすことも考えられる。治は、軽度の火傷によって熱を帯びているはずなのに、顔が青ざめるのを肌に感じる。
だがその瞬間、土砂の先に見えていた北通りのアスファルトが砕け、急速にこちらに近づいてくるのが見えた。地中で配管が引きちぎられる鈍い音とともに地面が地面の方から迫ってきて、落下による位置エネルギーが衝撃に変換される前に、治の体は地面に着地した。大した痛みもなく受け止められたのは治だけではなく、全員が地面にいる。
さらに、地面はほぼ階段状に地中から突き出してきており、治たちの正面からだんだんと高さを低くしていき、新宿警察署裏交差点あたりまで続いていた。治はそれを見てすぐに走り出し、全員に生じる痛みに顔をしかめながらも階段状の地面を下りて警察署裏交差点に到達する。
新宿警察署裏交差点は、7車線の北通りと6車線の東通りが交差する広大な交差点で、北通りはこの交差点から新宿駅方面に向かって6車線に切り替わる。
交差点には、交差点に面する4つの歩道を繋ぐようにしてぐるりと囲む輪がある。この輪には信号や行先表示が取り付けられており、照明もついている。交差点の中心に立てば、輪の向こうに超高層ビル群が聳えているのが見える、ちょっとしたフォトスポットだった。この交差点のアイランドビル側にはニューヨークにもあるようなLOVEオブジェがある。
「やっぱアラン君か」
議事堂北交差点と新宿警察署裏交差点の間に立っていたのはアランで、アランの地金魔法によって治たちは受け止められたのだと分かる。同じように角名や白布たちも下りてきて、なんとか全員が無事に交差点の輪の中まで撤退した。
「敵倒しに行って洗脳されて敵に回っとったら世話ないわ」
「ッ!」
そこに響いた凛とした声。第八小隊の面々がバッと振り返ると、北と大耳が並んで立っていた。駐屯地に残ったメンバーのうち、最もこのことを追及してきそうな自分たちの小隊長のお出ましに、いつもなら肝が冷えるところだが、今は頼もしさしかなかった。
「あとで覚えとけよホンマ」
と思った途端に肝を冷やし切った。
そんな治たちを気にせず、北は大耳に対してアランの補佐を指示する。さらに北たちの後ろからは諏訪たち第四小隊の残りのメンバーも来ていた。
「諏訪、昼神の方、押さえられそうなんか」
「押さえることまでって感じだな。牛島たちが術者を倒してくれるまで持ちこたえられるかどうかってとこだ」
「せやろな。シールドすらないヤツら前に出すわけにはいかへん、こっちも防御一択や」
「っ、北さん、俺たちも戦えます!」
すかさず銀島が名乗り出るが、北はすっとこちらを見遣る。その視線の動きだけで背筋が伸びた。
「これで大けがなり最悪死んでもうたりなんてしてみぃ、伊吹んこともっと追い詰めるで。シールドなしで魔法科兵と戦闘すんのは規程違反や。ま、もともと規程違反してんのはお前らやけどな」
「……っ、」
まさに正論パンチのトリプルアタックだ。何も言い返せず押し黙った様子を見て、北は山形たちの方を向く。
「昼神は諏訪たちに任せるで。山形、赤木は直列展開で侑んこと閉じ込めてくれ」
「魔力量的にはそれでどっこいどっこいだな。ま、やるしかねぇか」
山形と赤木の二人で直列孤立空間魔法を展開してやっと、侑をそれなりの時間閉じ込めることができる。昼神のことは、恐らく諏訪たち第四小隊全員で直列して閉じ込めるのだろう。
「牛島さんが術者と戦ってるんですか?」
白布は北に臆せず質問した。さすがの豪胆さである。北は特に気にせず答えた。
「せや。南口の方で、牛島と溝口一尉・直井一尉が戦っとる。そこで術者の大将と広尾をやれれば侑たちも洗脳解けるやろ。それまでは耐久戦やな」
どうやら駐屯地に残っていた全員が新宿に派遣されているようで、牛島と中隊長二人は南口で佐久早たちと戦っているらしい。
すると突然、治たちが下りてきた、アランの出現させた土の階段状の壁が一気に粉砕され吹き飛んだ。爆轟魔法の爆発音を響かせながら、大量の土砂と瓦礫がこちらに向かってくる。一部は左手に聳えるビルの壁面を削り窓ガラスを割って、さらにこちらに飛んだ来たものは交差点を囲む輪の一部やLOVEオブジェを破壊して交差点に散らばっていく。
赤木と山形によって交差点中央部は守られたが、道を塞いでいた土砂がなくなって見晴らしがよくなった北通りは、むき出しになった地面に瓦礫や汚れた書類、植木が散乱する有様となっていた。その道をこちらに歩いてくるのは、これだけの爆発を何度も起こしておきながらまったく疲れた気配を見せない昼神と侑だった。
「今や、頼んだで」
北が指示を出せば、赤木と山形はすぐに応じて侑を黒いボックスに閉じ込めた。瞬時に直列孤立空間魔法を形成したようだが、すぐに顔を苦しそうにゆがめた。早速、侑による魔力の逆流が始まったようで、飲まれないよう二人は必死に耐えていた。
諏訪は上林と野沢を連れて交差点から出て昼神に立ちはだかると、星海、白馬、別所から直列した孤立空間魔法をさらにこの3人で直列させて、諏訪が終末展開した。第四小隊全員で形成した黒い箱に昼神が閉じ込められると、やはり諏訪たちも途端に苦しそうにし始めた。
大耳はアランを連れて交差点に戻ってくる。ダメージが大きかったアランはそこで地面に膝をつく。北は魔力の逆流に耐える者たちのためか、冷却魔法を使って交差点全体の気温を下げた。
その冷気の中、治たちが何もできずに歯がゆく思っていると、川西が口を開く。
「…伊吹は、大丈夫なんスかね」
「あんだけ怪我して大丈夫なわけあるか」
ストレートに答えた北に、慣れていない川西はぐっと言葉に詰まる。それを見ていた五色は、大型犬が項垂れかのごとくしゅんとした。
「伊吹さんのこと、めっちゃ攻撃しちゃったし、怪我させてしまって、俺、情けないです」
それは治たちにも言えることだ。特に、治とアラン、赤木、角名は新宿駅構内で伊吹に対して激しい攻撃を加え、かなりのダメージを負わせた。あのときの記憶が思い出され、唇を噛みしめる。床に倒れて咳き込んでいた伊吹の姿は、誰も望んでいたものではなかった。
「それは最初から動かへんかった国防軍の責任や。俺かて同じ状況やったら洗脳されとったやろうしな。そういうんは伊吹はきちんと理解しとる。そんで、理性やない部分の感情は、牛島がフォローする。せやから気にせんと今は任務終わらすことに集中せぇ」
この事態は誰にも防ぎようがなかったし、国防軍が警戒して出なければ本末転倒になっていただろう。新宿や渋谷はもちろん、治たちが解決したGMExの兵器が都心で暴れていればより甚大な被害が出ていた。
それは伊吹も理解していることで、理解していても出てくる後悔や罪悪感といった感情は、牛島が伊吹のそばについて何とかする。今までやってきたことと同じだ。そうなるためにも、まずはこの事態の収集のためにできることをするべきである。
北の言葉はまったくその通りで、いつもは打ちのめされる正論パンチだからこそ、最も安心できたのだ。