第三話: The Tokyo's day to burn blue−16


二人は市役所の左側にある世宗大路(セジョンデロ)を北上するため、幅100メートルもの巨大な大通りを歩き始める。この道も、中央部には地対空ミサイルが並び、左右を戦車が無数に通り過ぎていく。左側に徳寿宮を見ながら、同じく道を歩く大勢の人々や兵士に混じって歩く。
この辺りは観光名所に近く空港アクセス線やソウル駅にも近いことから、無数のホテルが立ち並び、ロッテホテルも近くに威容を誇っている。そのため外国人の姿も多く、皆一様に怯えた表情で、この北側一帯に広がる大使館街に向かっていた。


「…帰国できんのかな」

「民間では無理だろ」


ぽつりと漏らした古森に佐久早は冷静に答える。それくらいは古森も分かっていて、「だよな」と小さく返した。
ソウルは北朝鮮との軍事境界線に近く、漢江を下り海に出る河口地帯はもう軍事境界線だ。すでに金浦空港も仁川空港も機能を停止しているであろうことから、南側へ陸路で行くほかない。

1950年、朝鮮戦争勃発時において北朝鮮がソウル占領に要した時間は僅か3日間だった。もはや、軍の輸送能力に頼るほか、1000万人近い人口を抱えるこの街からの脱出は不可能だ。


「…現代の戦争はあのころとは違ぇ。陸上戦力による占領よりも、制空権の奪取と主要施設の破壊による継戦能力の減衰を狙うのが定石だ。ソウル爆撃によって韓国経済を破壊して人口の半分を危機に陥いらせることでとっとと降伏させるのが目的になんだろ」

「じゃあ逃げる余地はあんのか」

「あぁ。問題は、市内にいる国連軍は、まず自国籍の外国人を優先して、それからその他の国籍の外国人を助けることになるっつーことだ。市内にいる日本人だけで1万人以上いる、直接国防軍が輸送能力を派遣しない限りはどうにもなんねェだろ」


朝鮮戦争の再発は日本でもシナリオとして十分に考えられていただろうから、今は韓国政府に対して国防軍の派遣を打診しているところだろう。米国と中国の間で板挟みになっていた韓国政府は、同じく中立国として振舞っていた日本との間で緊密にやり取りもしていた。民間人救護に韓国軍の人員を割きすぎないよう、日本の提案を受け入れると、佐久早はそう信じていた。


するとそこへ、上空の北の方から遠く重い音が近づいてきた。同時に、大通り中央の地対空ミサイルが唸りながら一斉に稼働して動き始める。

そして、兵士たちが突然何かを怒鳴り始めた。言っている内容は分からなかったが、韓国人たちがすぐに道にかがんで姿勢を低くし伏せ始めたため、理解した外国人たちも歩道に伏せていく。
佐久早と古森も道に倒れるように伏せた、その瞬間、通りの北にある光化門広場に爆炎が吹き上がり、一瞬遅れて爆発音が轟いた。耳を劈く轟音は、その後通りを連続する爆発によって近づきながら連続していく。世宗大路が北から戦闘機によって爆撃されているのだ。狙いはこの地対空ミサイルの列だろう。爆発は1秒間に1.5回ほどのペースでどんどんこちらに迫る。爆発する度に、10車線の通りに面するビルのガラスが割れて輝きながら散っていく。


「ッ、古森来い!!」


佐久早は爆音の中でそう叫ぶと、立ち上がって左に向かって走り始めた。古森も後に続き、道に伏せる人々の合間を縫って、たまに踏みつけてしまいながらも、壁に穴が開いている徳寿宮の庭園内に飛び入った。
深い森林となった公園に入って体を土に伏せる。湿った土が服に着くのが不愉快だったが、隣に古森も並んだ直後、すぐ近くについに爆発が至った。爆撃機から放たれたミサイルが爆発し、地対空ミサイルに直撃して誘爆を引き起こす。新市庁舎の残ったガラスの壁面が砕ける澄んだガラスの音と悲鳴が聞こえ、爆風と熱風が吹き付けてきた。

パラパラと上から土や木の枝、瓦礫が降り注ぐ中で、佐久早のすぐ目の前に、人間の腕がぼたりと落下した。
それを見て認識した佐久早は、ついにこみ上げるものを我慢することができず、爆発音によって耳が水中にいるかのように聞こえない中で、腹の中のものを吐き出した。飲まず食わずだったためにそれは胃液ばかりだったため、喉が焼けるような感覚がする。


「大丈夫か?!」


古森が驚いて背中をさすってくれる。佐久早は必死に頷いて、徐々に耳が聞こえてくるようになるのを感じながら、恐る恐る世宗大路の方を見た。
爆発によって、残っていた徳寿宮の壁も倒れており、見晴らしがよくなっている。
先ほどまでいた歩道には依然として多くの人々が伏せているが、その多くは、背中や足に金属片が突き刺さって出血していた。瓦礫によって圧死した者も多くおり、歩道には伏せている人と遺体の区別がつかない惨状があった。大量の血が流れて赤く染まり、爆発した通りの中央部には地対空ミサイルがバラバラになって散乱している。
新庁舎のガラスはすべて割れており、火災が起きて炎が一部から噴き出す。通り沿いのビルはすべて壁面が崩れて窓がなくなり、黒煙が辺り一帯に立ち込めていた。

一昨日まで、戦争なんて他人事だった。日本人としても、韓国社会の中にいる立場としても、遠い中東の戦争でしかないと思っていた。凄惨な映像が写されるテレビの報道はまるでスペクタクル映画のような日常の刺激でしかなくて、それよりも大不況によって失業することの方が心配だった。

韓国の人々は思っていたよりもずっと優しくて、確かに日本と韓国の間には数々の問題があったものの、ソウルで暮らす中で出会った人々は日本人によく似た性質があって、そして素朴な優しさで接してくれた。言葉が通じないことは多かったが、日本人とよく似た習慣や価値観、文化、流行を持っているからこそ、共通点をたくさん見つけることができて、分かりあえる感覚が強くあって、人嫌いの佐久早であってもこの国を好きになれた。


「……なんで、こんな………」


呆然と、凄惨な光景を見つめる。古森は佐久早の肩を叩いて立ち上がる。


「…行こう、佐久早、ここも危ない」

「……あぁ」


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