第三話: The Tokyo's day to burn blue−17
その後、二人はすぐに、近くの英国大使館から救助に来た職員に保護され、英国大使館の中に入れてもらえた。どうやら英国は国籍を問わず人々を受けて入れているようで、二人は敷地の片隅で混乱する現場を眺めていた。
英語を聞いている限り、漢江にかかる橋はすべて落とされているらしく、ソウルの漢江より北側から南側へ逃れるのは難しくなっている。漢江北岸であるこの地区からまっすぐ南に向かうと、そこは川を挟んで青瓦台であり、激しい爆撃による大火災に見舞われているようだ。
韓国風の瓦屋根の門に英国風の瀟洒な鉄格子の扉が嵌められた正門は開け放たれ、ひっきりなしにけが人が運び込まれてくる。それを木陰で地面に座って眺めていると、ぼんやりするうちに先ほどの光景が頭の中にリフレインする。担架に乗せられぐったりとした血まみれの女性を見て、歩道に倒れていた人々と血の海が思い出され、担架からはみ出す腕を見て、目の前に落下した腕の破片を思い出す。
それを消し去りたくて、佐久早は体育座りの膝に腕を置いて、そこに額をつけて頭を伏せた。目を閉じれば、視界が塞がれて喧騒が鮮明になる。聞き慣れはした韓国語と英語が飛び交い、怒号や悲鳴が響く。狂乱の中、空を何度もミサイルや戦闘機が飛んで空気を切り裂いた。
「…会社辞めてでも帰国しておけばよかった」
「佐久早…?」
「助からねぇかもしれねぇ…俺たちは、ここで死ぬ可能性のが高い」
「そ、そんなことないって、な?イギリスの軍だっているし、」
古森はそう言って励ましてくれた。
しかし、それから数十分ほどしてやってきた英国軍は、敷地内にいた英国人と白人だけを輸送車に乗せて撤退していった。もちろん、佐久早たちの他にいた日本人や台湾人、東南アジア系の人々も乗せるよう懇願していたが、韓国軍の担当だとして、英国軍は欧州と米国の者だけを脱出させたのだ。
その後やってきた韓国軍は、大使館に勤務する韓国人スタッフとけが人だけを連れて行ってしまい、敷地内には一般の韓国人とアジア系の人々だけが残された。
太陽は高く昼の日差しを街にそそぐようになったが、市街地は悲鳴や怒声が聞こえてくるだけで救助が来る気配はなく、上空を飛ぶヘリコプターもあっけなく通り過ぎていくだけだった。もはやこの建物に英国大使はいないため、ただの箱となっており重要性はないのだ。
「……ほらな、結局こうなる」
「っ、もうすぐ国防軍が来るよ、信じようぜ」
それでも古森はそう言って明るい表情をつくって鼓舞してくれる。元来、古森いわく「ネガティブ」な佐久早は、考え始めるとどんどん悪い方に考えてしまうし、物事はどんどん悪化するものだと思ってしまう。
「国防軍は来ないそうですよ」
そこに声をかけてきたのは、流暢な日本語を喋るアラブ系の男だった。スーツ姿の30代くらいの男性で、諦観を滲ませている。首から下げるのは、有名な欧州系鉄鋼メーカーの社員証だった。
「来ないって…」
古森が尋ねると、男性はため息をつく。
「韓国政府は、日本の軍が韓国の土地を踏むことを認めない判断を下しました。憲法を改正して自衛隊から名を改めたことに、韓国は今も怒りを滲ませているようです」
「こ、こんな非常事態でも…?」
「ええ。知人は日本大使館に勤めているのでこれは確かな情報です。今や日本大使館は米国軍が撤退させて無人のようですがね。私の母国の大使館も閉鎖され、縋る思いで英国大使館に来ましたが状況は変わりませんでした」
「そんな…じゃあ、いったいどうすりゃいいんだ…」
愕然とする古森に、男性は肩をすくめた。持っていたスマホを胸ポケットにしまい大使館の建物を見遣る。
「ソウル市内に残された外国人で最も数が多いのは日本人です。邦人は市内のあちこちに避難していて、この英国大使館や北西にあるスイス大使館にもいることをすでに日本は把握しているようです。助けが手配されるまで、この敷地内にいましょう」
つまりは現状から変わらずということだ。男性は建物の中に入っていって、佐久早と古森も続くことにした。いい加減屋外にいるのは嫌だったからだ。大使館ともなれば、ソウルの場合、かなり頑強に設計されている。一発で吹っ飛ぶことはそうそうないだろう。自分にそうやって言い聞かせながら、崩れ落ちたビル群は見ないふりをした。