第三話: The Tokyo's day to burn blue−18
二度目の夜を超えて、3日目を迎えた。砲撃開始からすでに3日間が経過したというのに、依然としてミサイルが上空を過ぎて市内のどこかで爆発する音が聞こえるし、戦車や戦闘機が無数に展開していた。今のところ陸上戦が始まった気配はない。
大使館の中にいる人々は疲労が限界を超えていて、最初こそ外から聞こえる爆発音に悲鳴を上げていたものの、もはやなんのリアクションも示さなくなっていた。
韓国人のスタッフが撤退するときに大使館の備蓄を開放してくれていたため、水や食料はなんとか維持できているが、この状態がまだ続くようであればすぐに底を尽きるだろう。いよいよ本格的に、歩いてソウルを脱出することを視野に入れなければならないかもしれない。
現に、昨日まで聞こえていた外からの民間人の声は聞こえなくなっていて、たまに韓国軍や連合軍の軍人が喋るのが聞こえてきただけだった。もうこの周囲に民間人はいなくなったのだろう。当然だ、この辺りは都心部、攻撃対象であり続けることは不自然でないし、それを恐れて誰も近づこうとはしない。
潔癖のきらいがある佐久早にとって、埃っぽい建物に押し込められるなど不快で仕方ないし、風呂に入れないどころか着替えすらできない状況で頭がおかしくなりそうだった。
狭い場所に他人と一緒で、清潔に保つこともできず、いつ終わるか分からない空爆に苛まれ続け、そして救助が来ない。この絶望的な状況で、どんどん精神が摩耗し、感情の起伏がさらになくなっていた。
さすがの古森ですら憔悴しており、佐久早を励ます余裕もなくなったようで、施設内の他の日本人や外国人たちと同じく、ただ沈黙している。
本当なら、佐久早だって古森のことを励ますような言葉くらいかけてやるべきなのだ。いつもこういうとき、古森が佐久早のことを気に掛けるばかりで、佐久早はマイペースに好きなようにしていた。
しかしいざ古森に言葉をかけようとしても適切な言葉が出てこなくて、自分には誰かのためになれるような力などないのだと痛感してしまい、佐久早は余計に顔を伏せるしかなくなった。
そうして、心も体力もすり減らしていたときだった。
「誰かいますか!!」
突然、エントランスからそんな声が響いてきた。停電して昼間であっても薄暗い室内で、佐久早と古森は顔を上げる。廊下を進んでエントランスに入ると、紺色の迷彩服を着た軍人が、昨日話しかけてきたアラブ系の男性に迎えられていた。
「あなたは…」
「連合軍統一特殊兵科連隊第二中隊所属、日本国防陸軍の朝倉と言います。極秘裏に邦人救助のために派遣されました。これより皆さんを日本へお連れします」
救助が来た、その事実にエントランスにいた人々は沸き立った。聞き慣れた日本語による誘導、数人の迷彩服に身を包んだ日本人兵士たちの姿、それだけで佐久早は思わず力が抜けてしまい、床にへたり込んだ。
「助け来たな!佐久早!」
古森は顔に喜色を浮かべ、床に座る佐久早に視線を合わせて屈む。頷くことでしか返せず、思わず深い息を吐いた。
しかしその直後、突如としてエントランスの側面の壁が吹き飛んだ。同時に爆発音とガラスが割れる音、一瞬遅れて悲鳴が響いたが、佐久早にはスローモーションのように瓦礫がこちらに迫るのが見えていた。古森は佐久早の腕を掴んで逃げようとするが、大量の瓦礫が飛んでくる中で逃げることなどできない。
目を瞑り衝撃に備えた佐久早だったが、待っていたそれは来なかった。
「ッぶね…!」
そんな声が上から落ちてきて、恐る恐る目を開けると、なぜか瓦礫はすべて粉々になって砂と化し床に堆積していた。その砂と佐久早たちの間に立ってこちらに背を向ける紺色。
こちらを振り返った綺麗な男前は、壁に空いた穴から差し込む光に照らされていた。
「大丈夫か、怪我は」
「……大丈夫」
「そっか、よかった。3日間、よく頑張ったな」
入ってきたときから仏頂面でお世辞にも愛想がいいとは言えない、佐久早に似たような表情の男だったが、それでも本当にそう思ったのか、うっすらとほほ笑んで佐久早と古森の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だ、こっからは俺らが守る」
そう言ってくれたのが伊吹だった。
絶望の中で助けに来てくれたその姿も、「やべ、敬語抜けてた」と小声で言って取り繕ったように敬語に直していた様子も、すべて、佐久早の中に1秒とも逃さず記憶している。