第三話: The Tokyo's day to burn blue−19


そうして帰国した佐久早と古森だったが、日本本土侵攻によって日本経済がいよいよ壊滅すると、仕事を失って露頭に迷うことになった。日本でもそれなりに苦しい日々ではあったが、それでも、佐久早の中ではあの日助けてくれた伊吹の姿が焼き付いていて、なぜかずっと励まされていた。
しかしその伊吹は国防軍では「怪物」と呼ばれ蔑まれているのだということを、国防軍に所属する知り合いから聞いた。失業した元同僚で、仕事を求めて軍隊に入ったところ、函館解放作戦以降に存在が明らかになった魔法科兵というものについて教えてくれた。あのときソウルにいた伊吹もそうだと知り、あれだけの強さと優しさを持った人間がそんな扱いを受けているのだと知って、佐久早は日本に対する嫌悪感を高めていった。

もともと佐久早たちを助けられなかったのは、日本が性懲りもなく韓国との関係を改善させるための方策を見つけられずに関係を悪化させてきたからで、韓国にも同様の罪があったからだ。さらに、戦争を起こしたロシアもトルコもイランも、アラブ人を虐殺するイスラエルも米国も、日和見を貫く欧州も他の先進国も、そして世界がこうなるまで役に立たなかった国連も、何もかもが悪だと思うようになっていた。
罪のない人々が無残な死に方をしたあのソウルでの光景は佐久早の中にいつまでも残っていて、助けてくれた伊吹を虐げるのがほかならぬ日本なのだという事実も衝撃で、戦争を許した世界も、流されるだけのマジョリティも、うるさいだけのマイノリティも、すべてが佐久早には許せなかった。

そんな中で、佐久早は元勤め先の米国支社にいた知人からVASNAに誘われた。まだ拡大の途中だったVASNAでの活動は、佐久早にとっても、佐久早が誘った古森にとっても息がしやすいもので、いつしか幹部級になっていたのだった。


伊吹のために深圳事変と香港騒乱、スワンナプーム空港魔法テロ、ベルリン同時多発魔法テロ、そして東京同時多発魔法テロ事件を引き起こした佐久早だったが、この新宿での戦いによって、ついに伊吹と向き合った。
香港ではほとんど会話はなかったし、伊吹はさすがにいちいち助けた人物を覚えていないようだったため、きちんとした会話はこれが初めてだった。

佐久早にとって、こんな罪で溢れた世界は滅びるに値する汚いもので、伊吹は次の世界を創るに値する綺麗な人間だった。
いつの間にか、ソウルで出会った心優しい人々のことも忘れ、元は彼らが犠牲となる光景を見て心が動いたというのに、そんな彼らをも含む世界すべてを否定していた。誰も助けられないどころか古森を励ますことすらできなかった自分に嫌悪したはずなのに、いつの間にか、救いのない世界を恨むようになっていた。

日本国内で韓国に対して嫌悪感を抱く者の言説など唾棄するべきもので、実際に出会った一人一人の優しさや、多くの共通点を見つけられたことで分かり合える感覚を感じたことで好きになったのに、いつしか「既存世界」という枠でしか人間を捉えなくなっていたのだ。

だから、伊吹が語ったことはすんなりと佐久早の中に入ってきて、いつしか忘れてしまっていたことを思い出させてくれた。それを思い出したとき、もはや佐久早は、自分と同じ「ひとりの人間」というものを想起せずに人を捉えることはできず、それを前提にしなければできないテロ行為というものを続けることは不可能だと判断した。


誰かの、社会の、世界のせいにすることは簡単だが、結局何も変わりはしない。本当に変わらなければならないのは、自分自身なのだ。


あの日のソウルと違って、どこかくすんで低い真夏の東京の青空。
広いはずのそれを隠す、黒煙と高層ビル群。

そして、佐久早の肩に頭を預ける伊吹。

この世界を生きていく伊吹のことを、伊吹のそばで見守りたかった。そんな後悔も、喪失感も、悲嘆もすべて、青く静かに燃える炎のように佐久早の中に灯っていた。


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