第四話: Laufet, Brüder eure Bahn−8
質問に答えなければ。沈黙に対してフラッシュが炊かれはじめ、答えられない様を映そうとしている。
口の中はカラカラで、声が震えそうになるのを抑えるのに呼吸をしようとして、その吸った息すらも震えていた。
NGOとして、少しでも世界のためになれるよう努力してきたことも、魔法科兵になってから一人でも多くを助けられるよう努力してきたことも、すべて伝わりはしないのだ。どうせ何を言っても意味はない。それでも言葉にしなければならなくて、全世界の前で自分を否定される光景を晒している情けなさと居場所がなくなっていくことを眼前に突き付けられる心もとなさが、伊吹の声を迷わせる。
何か言わなければ、そう思ったときだった。
「……それでは逆に聞こう。なぜ伊吹がこうも責められなければならない」
突然、右隣に座る牛島がマイクに向かってそう喋った。一言も発しなかった、世界第二位の魔力量を持つ男の低い言葉に、驚いたのか会場が静まり返る。その声に乗せられた圧力が、この場にいる数百人全員の口を閉ざした。なんの魔力も持たないはずのそれはまさに、牛島の「本気」なのだ。
「躊躇なく人を殺せた理由を聞いていたが、伊吹が躊躇しなかったのはそれが軍人としての仕事だからであって、任務終了後、必ず伊吹は罪の意識から眠れなくなる」
「ちょ、牛島さん…!」
聞かれていない牛島が答えること、そしてその言葉遣いに敬語がなく怒りの感情を滲ませて喋っていることに伊吹はヒヤリとして慌てて声をかけるが、牛島の向こうに座る烏養が首を横に振った。「意味ない」ということなのか、それとも「このままでいい」ということなのか、恐らく両方だろうと思った。
「ティクリートの後だって、伊吹は自分の罪の大きさに苦しみ続けて今に至るし、当時は俺に対して『殺してくれ』とさえ言った。それでも伊吹は奮起して、NGOとして活動していた頃と変わらず、人間が人間でいられる社会を作るために平和に貢献する活動をしていたように、国防軍の軍人としての立場で人を救える、世界を平和にできるようになるために努力を重ねた」
淡々と牛島が語る内容はその通りで、しんとした会場に響く。テレビカメラが無言でこの光景をストリームし続けているが、人間たちは動くこともできずに牛島の言葉を聞いていた。
「そうして日本本土侵攻の折に、函館を迅速に開放することができた。そして北九州での救助活動においては、今まで伊吹が中東で見てきた子供たちの遺体よりも、日本人の子供の遺体に様々な感情を寄せている自分自身を責めていた。そんな自分の人間としての不完全さを、伊吹はきちんと自覚している。それができる人物だ」
キルクークで励ましてもらったとき、目黒駐屯地でそばにいてもらったとき、函館で隣にいてくれたとき、北九州で肯定してくれたとき。すべて、牛島が伊吹を大事にするためにしてくれたことだった。
いったいどうして、これで伊吹の一方通行の関係だと言えようか。
「パリで、バンコクで、深圳で、ベルリンで、そして東京で。いったいどれだけの数の人を伊吹が救ったと思っている。伊吹の言葉に動かされて情報提供をしたVASNAの幹部のおかげでベルリンと東京のテロに先回りできた。ティクリートでのことに罪の意識を感じて苦しみ、文民から武官となって血反吐を吐くような努力をしながら、数多くの実験に協力して魔法というものの体系化に成功したし、それがなければ第三次世界大戦の結果すら変わっていただろう」
パリは燃えていただろうし、バンコクの空港も深圳のビルも多くの犠牲を出していたし、ベルリンも東京も再び焼け野原になっていた。それは確かに、伊吹たちが防いだことだった。
「……俺は、そんな伊吹を守りたいと思った。だが国防軍として、第一に優先するべきは国民と軍隊の規律で、それを意識しすぎた結果、伊吹とすれ違っていた。でも今は違う。俺は、ようやく、守るべきものを守る覚悟を決めた」
「っ、牛島さん…?」
いったい何を言うつもりなのだろうか。伊吹は不安に思って、隣の精悍な顔を見上げる。牛島は視線を感じて、一瞬だけこちらを見ると、ふっと小さく笑った。それに目を見張ると、牛島は再び視線を正面に戻して全体を見据える。
「伊吹は俺が守る」
明朗な言葉は誰の耳にも届いただろう。この場の人間だけではない、これを聞いているすべての者たちに。
「……―――たとえ世界を敵に回しても」