第四話: Laufet, Brüder eure Bahn−9


会場に響いた牛島の声は、マイク越しに日本中、そして世界中に伝わっていたことだろう。これほどのスケールで行われている会見でこんなことを牛島が言うと思わず、呆然としてしまう。
隣にいた烏養は苦笑し、雲雀田は薄く笑っていた。恐らく烏養はこうなることを察していて、雲雀田は面白いことになったとでも思っていそうだった。
司会も質問者もポカンとしていて、記者たちも呆けたようにしてから、それこそ魔法が解けたかのようにおもむろにざわつき始める。いったいどういうことか、と互いに周囲の人間と顔を見合わせているが、牛島は唐突に立ち上がった。

190の大男の動きに全員の視線が集まる。今度はなんだと思っていると、牛島は伊吹の腕を引っ張って立ち上がらせた。


「ちょっ、なにして、」

「行くぞ。こんなことに意味はない」

「は、ァ?!」


あれだけ衝突した牛島が、これほど重要な会見をボイコットするというのだ。驚愕に素っ頓狂な声を出してしまうが、力の強い牛島に抗うことはできず、そのまま引きずられるように歩き出す。
会場のざわつきは最高潮となり、司会やスタッフが慌てているが、牛島の泰然とした態度に恐れをなして誰も近寄ることはない。


そうして、二人はプレスセンタービルを出て、アスファルトに熱が残る夜の外へと出た。牛島は伊吹の手を引いて、振り返らずに封鎖された国会通りを渡って日比谷公園に向かっていく。夏の夜空はまだ西にオレンジが残っていて、都心の直上だけが群青天鵞絨色に染まっていた。
周辺の高層ビル群は煌々と明かりを灯し、警察の規制の向こうには多くの入れなかったメディアが詰めかけているのが見える。二人のモスグリーンの制服は闇に紛れてしまい、公園に入ればもう誰にも見つからない。
本来ならばデートスポットでもある場所だが、閉鎖されているため、二人しかいない。昨日のテロを受けて、政府は「緊急対処事態」にあることを宣言し、国民保護法などに基づいて戒厳令に近い状態となった。東京都は千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区に対して交通規制と夜間の外出制限を敷いている。
それでもビル群に明かりが灯っているのは、ここが官公庁の集中する場所でもあり、またテロで攻撃を受けなかったため、機能を停止した新宿や品川の企業に代わってこの区画にある企業に様々な仕事が降りかかっていることが原因だろう。

西の空の微かな明かりと、巨大な公園を囲む超高層ビル群の照明が照らす都心の公園は、無人なのに普段通りのライトアップがされていた。

無言のままずんずんと手を引っ張って歩いて行くのに着いていくと、場所が急に開ける。日比谷公園名物の噴水広場だ。
広場の向こうには森、そしてカフェなどがあり、周りはビル街が見下ろしている。

噴水は青くライトアップされ、水の音が絶えず響く。爽やかな夏の風が緑の香りを運んできて、東京らしい夜の空気だった。
公園を囲む都道301号、日比谷通り、国会通り、内堀通りはいずれも幹線として封鎖されており、有楽町や新橋の繁華街も息をひそめているためか、日比谷公園はいつになく静けさに包まれている。車の音すら聞こえない夜の公園は、木々のざわめきと水のせせらぎだけが満ちていた。


「……世界に俺ら二人だけになったみてぇっすね」


ぽつりと思わずこぼした言葉を聞いてようやく、牛島は足を止めて手を離す。こちらに姿勢を向けた牛島の背後には青く光る噴水がある。天鵞絨の空に星は見えないが、ビル街の一部屋一部屋の明かりが星空のようだった。
そんな静かな空間に二人きりとなり、まるで世界に二人だけしかいないように思える。先ほどの牛島の言葉ももじっていた。


「俺たち以外の全人類が俺たちを無視しても、俺は伊吹を守り続ける」

「……なんでですか」


二人の間を風が抜けていく。伊吹の静かな疑問の言葉を、牛島はまっすぐに受け止めた。


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