第四話: Laufet, Brüder eure Bahn−11


牛島はそう言って、伊吹を正面から抱きしめた。身長差から、目線の高さに鎖骨があり、包み込まれるように抱き締められることになる。その温もりと安心する匂い、耳元に落ちる低い声のある逞しい腕の中は、まぎれもなく、伊吹が世界で一番安心する場所だった。
目の前には白いワイシャツにモスグリーンのネクタイ、同色のジャケットがあり、両方の襟には魔法科の職種徽章である、五芒星の内側に桜が象られオリーブの葉が円を描くように囲む金色の徽章があった。
伊吹も牛島の胸板に顔を埋めるようにして深く抱き着くと、腕を背中に回す。視界が塞がり、自然の音だけが聞こえてくる。


「……俺も、牛島さんのことが好きです。ずっとそばにいてくれて、ずっと支えてくれた。牛島さんがいなければ、ティクリートの後も、北九州も、ライプツィヒも、きっと俺はダメだった。戦略核兵器級なんて言うけど、俺は結局ただの人間で、そんな俺を好きだと言ってくれた牛島さんだから、俺は頼ることができたんです」

「…っ、そうか」

「……世界を敵に回しても守るって言ってくれて、ありがとうございます。さっきはびっくりしてたっすけど、今こうやって二人きりになって落ち着いたら、なんか…牛島さんがそう言ってくれる限り、俺は誰に何を言われても大丈夫だと思いました」


驚きが勝っていたため、今やっと、あの言葉が心の中で熱を持つ。
世界に居場所がなくなっていく感覚、新宿で全員が洗脳されてたった一人になった孤独感、そういったものが胸の内に巣食っていたのに、牛島のあの一言ですべて吹き飛んだ。

今まで一切の嘘も偽りも虚飾もなく、まっすぐで純粋な肯定をしてくれた牛島だからこそ、本当に世界に二人しかいなくなったとしても、世界に味方が牛島しかいなくなったとしても、伊吹は変わらずにいられると思えた。


そうやって互いに言葉と気持ちを伝えあい、タシュケントでの任務から今に至るまでずっと続いていた微妙な距離は一気になくなった。一方で、気持ちを伝えあったからこそ、伊吹は一つだけはっきりさせたかった。


「…あの、」

「なんだ」

「お互い、めちゃくちゃ複雑な感情だってのは分かってんすけど…その、俺ら、恋人、ってやつっすか」

「…そうか、そうだな。今後のためにもはっきりさせるべきだろう」


牛島はいったん体を離すと、至近距離で伊吹の顔を見下ろした。先ほどよりも近くなった瞳は雄弁に「愛しい」と物語っていて、直視するのが急に気恥ずかしくなってくる。


「俺と生涯のパートナーになってくれ」

「ッ、はい……若利さん、」


恥ずかしくなりながらも、そして小声になってしまいながらも、伊吹は関係性の変化を形にするため名前で呼んでみた。目を見られなくなって視線を下げ、牛島の喉仏を見つめてしまう。
すると、牛島はそっと伊吹の顎に手を添えると、上を向かせた。抗わずに視線を上げると、すぐに、牛島と唇が重なった。一瞬驚くが、伊吹は目を閉じて受け入れる。
触れ合っていた同じくらいの温度がしばらくして離れ、身を屈めていた牛島は再び伊吹を抱き締める。先ほどよりもやや強い力で押し付けられた胸元では、心音が大きく脈打っているのが聞こえてきた。


「……今までも伊吹を可愛いと思っていたし、今となってはなぜそれほど思っていながら好きだと気付かなかったのか疑問なほどなんだが…関係が変わるというのは、すごいな」

「どういうことっすか…?」

「……可愛いという感情と愛しさを持て余している。魔力に変換したら地球を吹き飛ばせそうだ」


好きだという感情が溢れて地球を壊せそう、などということを普通の人が言えば白けること間違いなしだが、牛島は口説くわけではなく、本当に自分の魔力の消費スピードなどを考えて現実的に考えて言ったに違いない。つまり言葉通りの意味でしかない。
それが通じてしまうことが面白くて、そして、あまりにも嬉しかった。


「それで滅んでたらさすがに人類も浮かばれねぇっすよ」

「ふっ、それもそうだな」


二人して小さく笑い合う。
笑った拍子に伊吹の目元からこぼれたものは、二人のシャツに溶けて消えていった。


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