第四話: Laufet, Brüder eure Bahn−13


一介の大使が個人的な意見を述べることは早々ない。それが通るのは明暗だからだろう。
さらに続いて画面に現れたのは、またしても伊吹が見たことのある人物だった。パリの戦いにおいて、パリ東駅でTGVの車内で出会った女性・ゾフィーだ。
いつの間にかベルリン市長になっていたようだ。


『パリ占領時、私はカールスルーエから脱出するTGVの中にいて、パリ東駅でロシア軍の人質となっていました。それを救ってくれたのが朝倉氏でした。夫をハノーファーで失った私を励ましてくれさえしました。己の領分の及ぶ範囲でそれぞれが努力して、一つの世界平和という目的のためにひとつの鎖を繋ぐのだと。だから私は、多くの人を救うために政治の世界に足を踏み入れたのです』

『ヴォルベルクス市長は第三次世界大戦中、パリで第1魔法科大隊が救出した電車に乗っていた乗客で、日本語が堪能な人物です。戦後すぐにベルリン市議会議員となり、市長に選出されました。ベルリンテロの際には、市内中心部での避難誘導の体系化と当日の各施設の閉鎖、交通規制の厳格化を行い、被害を抑えています』


まったく知らなかったことだが、ゾフィーはあの事件の際にはそうした行動を起こしていたらしい。あの日、なぜ首相府だけでなくティーアガルテンやベルリン動物園・水族館が封鎖されていたのか気になっていたが、あれはゾフィーの采配だったようだ。確かに、東京と同じ規模の戦闘だったにも関わらず、死者は東京の半分程度だった。


『パリ、フランス政府、ドイツ政府、ベルリンに続き、同じく朝倉隊員が作戦に参加しハイジャックを防いだスマイルラビット航空のCEOとタイ政府、深圳事変と香港騒乱に日本が関わった深圳特別市と香港特別市の両市長、さらにベルリン事件で朝倉隊員が支援したイタリア軍も朝倉隊員への支持を表明しています。また、CHREUSの主張を含む朝倉隊員への非人道的な意見や会見での質疑に対して、オーストラリア、ニュージーランド、スイス、スウェーデン、カナダの政府は抗議の意思を示しました。国内でも、函館市や北九州市が名誉市民賞の授与に向けて動いていると発表しています』


パリ市長やゾフィー、明暗だけではない。今まで伊吹が関わった様々な国の政府や企業、都市が伊吹の扱いに抗議し、いつもの人権を尊重する国家も同調している。会見の翌朝にこれだ、レスポンスの速さは異例ともいえた。
日本のネットでも徐々に同情的な意見が目立つようになっている。


「やっぱ、牛島さんの言葉だろうな」


同じく見ていた白布が言うと、隣の川西も頷く。


「いつもなら白布の牛島さんヨイショかと思うけど、今回はマジで牛島さんファインプレーだった」

「いつもだろうが」

「さーせん…」


普段通りの二人が言うことに、周囲の隊員たちも苦笑しながら頷いている。
牛島が伊吹の人物像を、それもこれまでメディアが拾ったことのないプライベートな性格にまつわる話をして、伊吹の感情を代弁し、そしてそのうえで自分が守ると高らかに宣言したことで、どんどん理解の輪が広がっているようだ。
それを助長するように各国の意思が表明され、パリに至ってはあからさまに「日本が嫌になったら保護する」と言っている。

もちろん、牛島はさすがにここまでの結果は想定していなかっただろうが、結果的に事態は急速に好転していた。

ぽす、と伊吹の肩が叩かれる。背後にいたのは及川と牛島だった。及川はいつもの端正な笑顔を浮かべており、牛島は伊吹の肩に置いた手を引いてそのまま伊吹の肩を抱く。


「伊吹は見返りなんていらなかったと思うけど。伊吹の行動と言葉と優しさに励まされて守られた人たちは、伊吹のことを忘れてないんだよ」

「すべて、伊吹が頑張ってきたことの結果だ。自分を誇るべきだろう」


及川の言う通り、伊吹は感謝されたかったわけでも認められたかったわけでもなかった。ただ、目の前の人や思いを守りたかっただけだった。
しかし、そうした伊吹の言動は今こうやって返ってきている。

伊吹は伊吹の罪によって居場所を失っていくのだと思っていたし、牛島がいてくれればそれでよかった。だが実はこうして、伊吹の思いは繋がっていき、自分に再び戻ってきたのである。


「…少しだけ、自分のこと、許してやれる気がします」


目元が緩まないよう引き締めながらの笑顔は格好の良いものではなかっただろう。そうして言った言葉を聞いて、及川と牛島も、少しだけ泣きそうな顔をしてから笑い返してくれた。


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