第五話: Ground-Zero−1


第五話: Ground-Zero(グラウンド・ゼロ)



太平洋、伊豆大島東方沖。


国防海軍の潜水艦が浮上した海上は、3キロ四方の巨大な孤立空間魔法に覆われていた。防御魔法を展開するのは昼神で、この巨大な黒い箱に海ごと閉じ込められた潜水艦に乗り込もうとしているのは伊吹と牛島の二人だ。
普段は海底に潜水しているものが海上に浮上しているため、昼神が囲って守りつつ、その間に伊吹たちがハッチから中に入った。
潜水艦乗組員には身長制限があり、170センチちょうどの伊吹くらいがちょうどよく、190を超える牛島は完全にオーバーだ。窮屈そうにしながら潜水艦の武骨な通路を歩く姿に少し笑いそうになりながらも、二人は同じように物理的に肩身が狭そうにしている桐生・臼利と合流した。


「ベルリンぶりだな」

「ん、心配しちょった。元気そうで安心した」

「伊吹さんは潜水艦ん中でも平気そうにしよんのですね」

「嫌味か?喧嘩は買うぞ」


天然で煽ってきた臼利を足蹴にしてやると楽し気にしていた。桐生も臼利も元気そうだ。

ドイツから送還された二人は、こうして拘束された者たちの監視を行っている。交代で、猯と雲南も監視役を担っていた。
牛島は伊吹が仲良さげにしているのを見て少しむっとしている。臼利はそれすら楽しそうにしていたが、桐生は気付いていなかった。


伊吹はそのまま、桐生たちに案内されて拘束された者たちがいる区画にやってきた。本来は乗組員の寝泊まりするスペースだ。
海軍は牢屋としての潜水艦の使用に難色を示していたが、もはや戦争の形態が航空戦力と魔法戦力によって決まる今の時勢にあっては仕方ないとばかりに潜水艦を貸与した。そもそも、これを指示したのは内閣だ。

案内された部屋の一つの前に、牛島と二人で立つ。それを確認してから、臼利が二人と部屋の入り口を孤立空間で囲った。厳重な体制を敷いているが、中にいる者はもはや脱出しようとは思わないだろう。


「よぉ、佐久早」

「……伊吹」


部屋の中にいるのは佐久早だ。隣の部屋には古森がおり、他にも百沢、大将、広尾、沼井、潜が潜水艦の中に拘束されている。


「知ってること、話してもらうぞ」

「あぁ」


二段ベッドに腰掛けた佐久早は、向かいのベッドに促す。狭い室内だが、伊吹はぶつかることなく佐久早の正面に腰掛ける。牛島は睨みを利かせるように、入り口に立ち続けた。

今日の目的は、佐久早たちから事情聴取をすることだ。協力すると言っていた彼らだったが、伊吹が直接話を聞くのが最も合理的だという司令部の判断で、こうして派遣されている。

伊吹がベッドに腰を落ち着かせたのを確認した佐久早は、低く静かな声で知っていることを順序だてて話し始めた。


「まずVASNAの本拠地だが、ティクリートにある」

「あそこは壊滅しただろ」

「だからだよ。象徴的な場所でもある。通称グラウンド・ゼロ、すべての始まりの場所だ」

「…なるほどな。VASNAの会長もそこにいるのか」


元は米国のシャーロットに本部があったVASNAは、会長も白人の米国人男性だった。しかし佐久早は首を横に振る。


「あいつは飾りだ。もう死んでんじゃねぇか。設立から今に至るまで、本当の本部機能はティクリートにあった。壊滅したおかげで各勢力の攻略対象にならなかったからな。目立たずに施設を建設できた」

「ディジュラ=ワルフラート連邦共和国には、ラタキアとデリゾールに魔法科兵を生み出す施設があるって聞いてる」

「あぁ。ディジュラ=ワルフラート連邦はほぼ完全にVASNAの傀儡政権になってるからな。国家ごと、魔法科兵の実験台になってる」

「っ、そういうことか…」


かつてのイラク、シリア、レバノン、クウェートからなるディジュラ=ワルフラート連邦共和国は、トルコとイランから割譲されたクルディスタンと合わせて一つの連邦国家を形成している。第三次世界大戦で最も凄惨な被害を受けた地域であり、壊滅した国土は死角となってVASNAの台頭を許したらしい。
米国の適当な戦後処理によってISの台頭を許したのとまったく同じ状況だ。


「残りの勢力は」

「俺が記憶してる限り、最大勢力はディジュラ=ワルフラート連邦。そんで、イラン、ロシア、トルコ、アゼルバイジャン、英国、ドイツ、中国、米国だな。日本の勢力は東京の戦いで瓦解したし、東南アジアの勢力もバンコクのテロで瓦解した」

「魔法兵器はどこにある」

「ベルリンと東京にほとんど投じて回収された。今VASNAの手元にあるのは、欧州に少しと、ほとんどはティクリートだ」

「お前らの上は誰だ。どこにいる」

「いねぇ。個人で報告や決裁を伺う相手はいなかった。グラウンド・ゼロに報告書は出してたが、宛先は必要なかった」

「…分かった。ありがとな」


これで聞きたいことは聞けた。恐らく、佐久早たちに指示した人物もいまだティクリートにいるだろう。国家ごとVASNAの牙城として固めているため、ティクリートから出られないのだ。
伊吹は古森たちのところへ向かおうと腰を上げたが、その瞬間、佐久早に腕を引っ張られた。バランスを崩して佐久早に倒れこむと同時に牛島が殺気を滲ませる。それを手を上げて制してから、伊吹は抱き留める佐久早の顔を見上げる。


「…何の真似だ」

「……俺があんたを守りたかった」


少し遅れて、あの会見のことだと分かる。すでにあの会見から1週間が経過したが、もはや表立って伊吹を攻撃する論調は鳴りを潜め、VASNAを協力して駆逐するための議論をする気運となっている。
佐久早も桐生たちから聞いているのだろう。


「それならまずは伊吹のそばに来るべきだったな」


牛島はそう言うと、伊吹を佐久早から引きはがして自身の腕の中に閉じ込めた。見慣れた牛島の制服と、下から見上げる凛々しい顔立ちは、大人げなく佐久早に敵意を向けていた。
当の佐久早は牛島にはそれなりに好意的なのか、「あんたで良かった」とも言ってきた。あの会見での発言で見直したらしい。
それに毒気を抜かれてしまったのか、牛島は黙ってしまう。どう反応すればいいのか分からなさそうにしているのがなんだか可愛らしく見えて、伊吹は苦笑して背中を叩く。


「ほら、行きますよ」

「…あぁ」


牛島は短く返して伊吹の肩を抱いて入り口に向かう。それを見て、佐久早は後ろから呆れたように声をかけた。


「人の部屋でいちゃつくんじゃねぇ。当てつけか」


すると牛島はちらりとそちらを振り返る。そして、小さくニヤリとした。


「当てつけだ」


やはり大人げない牛島の対応に呆れつつ、こんなことでときめく自分も自分だと伊吹はため息をついた。


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