第五話: Ground-Zero−18
「かつてのイラクは、確かに息苦しかったが、私たちにとって豊かさと秩序より大事なものはなかった。多くの古代文明からの遺産や文化財が保護され、きちんと法が機能した。それがどうだ?アメリカが民主主義とやらを押し付けてこの国を破壊した。世界遺産も遺跡も爆破された。異教徒や異民族は虐殺された。女は襲われ子供は銃を手に取った」
言論の自由はなかったし参政権もなかったイラクだったが、そこには豊かさと秩序があり、多くの文化財が保護されていた。しかし内戦によってすべてが失われた。人類に文明をもたらしたメソポタミアの遺跡は大半が傷つき破壊された。
「イラクやシリアでは日々人が死ぬ。1日平均50人以上が死んでいた。無関係の一般市民だ。毎日誰かが涙を流した。なのに、パリでテロが起きたときに先進国の人間たちはこぞって連帯と哀悼を示したくせに、ここで起きていることはいつものことであるかのように気にも留めなかった。すべては欧州の列強国が原因なのに、難民を厄介者扱いだ。何が違う?肌の色か?顔立ちか?言葉か?それだけで、命は等価でないと世界は言う!」
伊吹にも心当たりはあった。北九州空爆のとき、中東で見た子供の遺体よりも日本人の子供の遺体に強く心が動かされ、その事実に恐怖した。自分が知らずに持っていた、中東の人々がそういう目に遭っているのは当然であって珍しいことではないというフィルターが、命の奪われる光景を曇らせていた。
「…だから、この世界を壊してやろうと思った。人が人を殺すことが常態化した社会を味あわせてやりたかった。自分たちの罪を直視しない先進国の人間に恐怖を与えたかった。だから私は魔法を生み出した。元はただの、この地域で起きた遺伝子変異を促す病原体だ。私は洗脳魔法の存在を早くから知っていたから、それによって魔法科兵を量産し、ちょうど第三次世界大戦がはじまっていく中で先進国の裏をかこうとした」
「……そこで現れたのが俺たちだったわけだな」
かつての内戦で世界に対して恨みを抱いていた天才。ラギーフは研究者として、病原体から魔法使いを生み出す方法を確立した。
しかしその実験体の中に現れたのが、伊吹たちイニシャルセブンだったのだ。
「計画はお前たちの誕生で狂った。お前たちが日本に帰国するのを防ぐ手立てはなかったし、施設は爆破する予定だった。まぁ、朝倉伊吹によって街ごと消し飛ばされたわけだが…しかし私は諦めなかった。私の魔法と、そしてお前の魔法があればより容易に世界を破滅させられると分かっていたからだ」
ラギーフの言葉に伊吹は眉をひそめた。言い方が妙に引っかかる。単純に伊吹の火力の話とラギーフの洗脳魔法のことかと思ったが、それならこんな言い回しをする必要はない。
ラギーフはニヤリとして伊吹を見つめた。
「先ほども言ったが、私はどんな魔法がお前に付与されたか知っている。気づいているだろう?自分の関係者が次々と魔法科兵となっていったことに」
「っ、やはり魔法の影響か…!」
ずっと疑問だったことだ。函館で出会った日向たちや、北九州で出会った黄金川たち、さらに言えば佐久早や雲南などVASNA側もそうだ。
なぜ伊吹が関わった者たちに魔法使いが多いのか。
「お前が魔法使いになった瞬間から、恒常的に発動している魔法がある。それは、お前の魔力が周囲の人物の中に滞留し影響を及ぼす「共鳴魔法」というものだ」
「共鳴魔法…」
まったく聞いたことのない概念だった。牛島たちも驚いているのが気配で分かる。恒常的に作用する魔法というものからして聞いたことがなかった。強いて言えば、やはり洗脳魔法に近いだろう。
「共鳴魔法は、魔力を相手に滞留させることで起きる。この滞留は本人以外では解除できない。そして魔力が滞留している状態だと魔法科兵の適正があると判断されることになり、魔法科兵になるための薬を投与されると、必ず魔法科兵になる。平たく言えば、お前の魔力を摂取すると誰でも魔法使いになれてしまうということだ」
「…つまり、俺の魔力が相手に滞留し、そこに投与を受けると、その効力で魔力が自分のものになるってことか」
「そういうことだ。そして自分のものとして取り込んだ朝倉伊吹の魔力は、だんだんと増幅する。増幅する条件は、朝倉伊吹に強い感情を向けること。さらにこの共鳴魔法は、元から魔法科兵だった者にも作用する」