第五話: Ground-Zero−21
その直後、ラギーフは一気に強力な孤立空間魔法を展開した。自身の周囲にPCデスクごと囲った2メートル四方ほどの孤立空間魔法は、非常に強いものだとすぐに分かる。
「この魔力量…ラギーフだけのものじゃねっす」
伊吹は透視によって壁を構築する魔力量の多さに愕然とした。とてもじゃないが、一人分ではない。
すると突然、無線が入ってきた。しばらく無線の応答はなかったが、急にクリアになっていることから、施設の孤立空間魔法がすべて消えたのだと分かる。あれを維持していたラギーフが、すべてここに集中させたのだろう。
『こちら武田!朝倉君、そっちはどうなってますか?!地上は突然、白馬、黄金川、作並、吹上の4名が意識不明、他にも市街地全体で市民が倒れています!』
『こちら司令部より白福、米軍より情報、ディジュラ=ワルフラート連邦共和国各地で市民が意識不明となる事象を確認。ラタキア、ラッカ、デリゾール、モースル、ティクリート、サーマッラー、ラマーディー、バグダッド、ディーワーニーヤ、バスラ……ティグリス川とユーフラテス川に沿ってこの事象が確認されてる』
焦ったような武田の声に続き、渉外担当である白福からも情報がもたらされる。普段からのほほんとした口調の白福すら緊張した声音だった。可能性として考えられるのは一つだけだ。
壁に消えたラギーフを前に、伊吹は牛島、及川、木兎を顔を見合わせる。全員同じ意見のようだ。
「こちら朝倉。現在、VASNAの創始者でありラギーフと名乗る男と会敵。強力な孤立空間魔法に閉じこもってます。詳しくは後ほど報告しますが、ラギーフは洗脳魔法の亜種である汚染魔法なる魔法を使用し、佐久早たちの思考を汚染して今回の状況を引き起こしました。考えられるのは、その汚染に使用した魔力によって強制的に汚染された人々を使って徴発孤立空間魔法を展開させている可能性です」
ティグリス・ユーフラテスの流域に点在する大都市で一斉に人々が倒れたというのは、恐らくラギーフが川沿いに人々を汚染して回っていたからだ。二次汚染もあるようなので、かなりの数が汚染され、世論を形成して結果的にこの国全体を国際社会に対する盾とした。
徴発魔法は本来、自身の周囲の生命体から力を徴収することで発動する魔法のことだが、汚染魔法でリンクした人々からも可能なようで、連邦中の人々が徴発されて一斉に意識を失っていると考えられる。
『…こちら白福、国防海軍と確認。朝倉の言う通りかも。潜水艦にいる佐久早たち全員、およびその監督役の桐生、臼利、雲南、猯も意識不明』
「こちら朝倉、黄金川たちも倒れたのは、桐生たちを汚染した際に北九州で他にも多くの人を汚染していたからだということが考えられます。俺が魔法を大々的に使った都市で同事象が起きている可能性が高いっすね」
恐らく白馬たちも汚染されてはいたのだろう。しかし新宿で佐久早が目を覚ましたように、国防軍で伊吹や先輩たちと話す中で汚染の影響がなくなった。そういう会話で簡単に影響を上書きされてしまうのが汚染魔法の弱みだ。
同時にこれだけ多くの人々から魔力を強制徴収して魔法を築き上げることができるのは極めて強いポイントである。
「…さて伊吹、どうする?」
及川は肩を鳴らしながら孤立空間魔法と伊吹を見つめる。必要な情報は全体に行き渡った。あとはラギーフをここから引きずり出すだけだ。
「ぶち破るだけっすね。さすがに1000万人分の徴発魔法は苦労しそうなんで、手ぇ貸してもらえますか」
「当たり前」
「そうこなくちゃな!!」
及川と木兎はそう笑うと、伊吹の左側に並んだ。そして伊吹の右隣に立つ牛島は、こちらを見下ろして、こんなときでも優しく笑う。
「何もかも、ここから始まった。だから、ここですべて終わらせよう」
「…はい。そのためにここに来ました」
伊吹は正面に向き直ると、黒い壁に向かって手をかざす。牛島、及川、木兎も同じように手をかざして、そして一斉に魔力を逆流させ始めた。
塵も積もればというやつで、1000万人は徴発魔法によって意識を失っているであろうこの魔法を破るのはかなり骨が折れる。抵抗力が強く、ともすればこちらに魔力が押し返されてしまいそうだ。そうなればその衝撃で意識を失うことすらあり得る。
もともと暑い地下空間、伊吹は必死に魔力を流し込む中で、米神に汗がつたうのを感じた。
他が魔力を流し込む量が減ると、自分の魔力の流れに食い込んできて阻害されてしまうため、全員が一定の出力を維持することになる。木兎の魔力量が揺らぎ、こちらに流れてきた魔力をさらに押し流す。
「ッ、木兎さん、もうちょい出力増やせます…?」
「んーッ、やるわ…!」
あの木兎すら苦しそうにしており、及川はかざしている右腕の手首に左手を添えている。牛島も息が荒い。かく言う伊吹も頭がクラクラとした。無線がさらに状況を伝えてくる。
『こちら武田、やはり北九州やソウル、パリ、ドレスデン、深圳などで意識を失う人々が多く報告されています。分かっているだけでも1500万人に迫る勢いです。事故などによってすでに100人以上が命を落としています』
やはり、突然意識を失ったことで運転していた車が事故を起こしたり、階段から転落したりなどして死者が出ている。もっと増えるだろう。
それに、意識不明の状態が長引けば後遺症や、それだけで死に至るリスクを高める。
「…あと、3割、上げられますか」
3割増しで出力できるかということだが、かろうじて3人とも頷いた。声を出すのも億劫なのだ。
他3人が魔力を流入させる量を増やすのに合わせて伊吹も流入させる魔力量を増やしていく。左に立つ及川がフラフラとし始めた。まだ気絶には至らないだろうが、かなりギリギリだ。