第五話: Ground-Zero−22
しかし孤立空間魔法の方もギリギリだった。すでに拮抗状態は抜け、伊吹たちの魔力量の方が優勢となっている。徐々に魔法を構築する魔法術式にも干渉し始めており、ラギーフは魔法の維持が難しい状況のはず。
ふとその瞬間、ラギーフの目的が気になった。いったいなぜ、この土壇場で孤立空間魔法など使ったのか。全方位を囲っているため自分も逃げられない。PCも魔法によってサーバーと寸断されているため使えない。通信も当然できないのだ。
そこで伊吹は、この基地に突入してから、そして施設内でも散々苦しんだ敵の常套手段を思い出す。
反作用魔法によるカウンターだ。それによって、第一中隊は多くの隊員が負傷した。
すでに孤立空間魔法が崩壊しはじめており、慌てて透視に視界を切り替えれば、徐々に反作用魔法の魔法式が展開されているのが見えた。
「…ッ、全員魔力出力停止!」
伊吹が咄嗟に叫べば、すぐに3人は魔力を止める。なおも伊吹だけが魔力を流した。自身に反作用魔法をさらに展開しながら、それでも痛いだろうと目を閉じた、そのとき。
孤立空間魔法が消失し、同時に、ラギーフの反作用爆轟魔法が伊吹の逆流した魔力の余り部分に反応して発動した。最初から、強力な孤立空間魔法によって大量の魔力を流させることで、カウンターを起こして施設ごと自爆するつもりだったのだ。他の3人があのまま続けていれば、間違いなく施設は吹き飛んでいた。
しかし伊吹だけとなったため、爆発はこの広い部屋だけに留まり、他の3人はきちんとシールドが発動する。
耳を劈く爆音とともに、体が吹き飛ばされる。サーバーが置かれた棚がドミノ倒しのように薙ぎ倒されて、照明や扇風機が砕けて、打ち付けのコンクリートが砕けて鉄骨がむき出しになっていく。
伊吹の体も床や棚に打ち付けられ、防ぎきれなかった衝撃波が内臓を揺らす。頭への衝撃はシールドが防いだが、爆発による軽度の火傷が肌に引き攣るような痛みを与えた。
やがて爆風が収まり、音が止む。なんとか建物は構造を保っており、棚が折り重なる室内は埃と煙が立ち込めた。
伊吹は倒れた棚に体を預けるように床に座り込んでおり、ぐらぐらと揺れる視界や呼吸がしづらい肺に吐き気を催す。なんとか吐きそうなほどにはならなかったが、それでも霞む視界とぼやける思考は、なかなかのダメージを食らったことを示していた。とはいえ、新宿での怪我に比べればマシだ。
「伊吹ッ!!」
叫ぶ牛島の声は珍しい。きっと牛島たちも、展開したシールドの中でなぜ伊吹が魔力を止めさせたのか理解しただろう。あの魔法を破壊するのに大量の魔力を流したため、生じたであろう爆発に肝を冷やしたはずだ。
実際には、伊吹が直前で気付いてかなり魔力量を絞っており、反作用魔法で相殺した部分もあったため、壁すら破壊しない程度に収めている。
伊吹のところに駆けつけた牛島が、すぐに体や頭の様子を見て、伊吹を抱き寄せる。片膝を床についてしゃがんだ牛島のその膝の上に乗せられ、胸元に寄りかからせられると、それこそ新宿で助けに来てくれたことを思い出す。
「大丈夫か、伊吹…!」
「…大丈夫っす……牛島さんたちは、大丈夫っすか…」
「俺たちは大丈夫だよ、伊吹。また無理したねまったく」
及川は、あの場で咄嗟に判断した伊吹の考えを肯定している。当然だ、全員が魔力を流していればこれでは済まなかった。状況を説明する時間がなかった以上、自分が犠牲になる決断をするのは不自然ではない。それが合理的だし、伊吹は瞬間的に反作用魔法を展開する能力もある。
木兎も及川の後ろからやってきて、気絶したラギーフを拘束して担いでいる。
「ありがとな、伊吹!助かった!なんか奢るから、もうちょい頑張れよ!!」
「……叙〇苑がいいっす………」
「えっ」
伊吹の返答に固まった木兎と、それを見て笑う及川。冗談を返した伊吹に、牛島もようやく安心したらしい。
「…一瞬心臓が止まるかと思った。無理はしないでくれと何度言ったら分かるんだ……」
「すんません……」
「…いや、しかしあれしかなかった。ありがとう伊吹、助かった」
「ありがとね」
牛島、及川からも相次いで礼を言われる。あぁそうか、と伊吹は独り言ちる。
あの日、この街で伊吹は守られるばかりで。帰国してからも、彼らに助けられてばかりだった。ようやく戦えるようになって、誰かを守れるようになって、そして今、彼らを守って敵のトップを捕まえることに成功したのだ。
この街で伊吹は人でなくなった。人が人として生きられる社会にしたいとこの地に来て、自分がそんな魔法科兵という存在になってしまい、そしてこの街で11万人の命を奪った。
しかし先ほど牛島が言ってくれた。どこまでも人であった伊吹だったから、多くの人を動かしたのだと。伊吹が今までしてきた努力も行動も、決して間違っていなかったのだと。
自分には許されない罪があると思っていたが、それは牛島が会見場から伊吹を助け出してくれた日から、世界が伊吹に向き合ってくれて、それによって徐々に薄らいでいた。決して忘れるつもりもないが、同時に、いつまでも責めずとも良いのだと知った。
そして今、こうして始まりの地であの日とはまったく違う自分として戦うことができた。誰かを守り、いたずらに犠牲を出さずに勝利を得た。
しかし何よりも、あの頃と変わらず、伊吹は世界の平和のために生きているという事実が、変わらず人間らしくある今この瞬間が、果てしないほど嬉しかったのだ。