最終話: people have been people−1
最終話:
people have been people
ディジュラ=ワルフラート連邦共和国・キルクーク特別市。
東アッシリア州とクルディスタン自治共和国との境界に位置するキルクークは、現在、都市州として特別市の地位を持っており、独自の議会を有していた。同じく商都モースルも特別市となっている。
100億バレルの石油が埋蔵する石油都市キルクークは、第三次世界大戦の勃発と考えられるクルディスタン攻撃に際してイランとイラク・バグダッド政府による進軍を受けており、それを迎撃したクルド人勢力との間で激戦地となった。
70万人を数えた人口は50万人にまで減少し、復興は遅々として進んでいない。しかしそれでも、豊富な資源を開発する国営企業が活動を再開したことで労働力需要が盛んになっており、多くの人がこの町にやってきていた。次の国勢調査では元の水準まで人口が回復していることだろう。
この街に、第1魔法科大隊は派遣されていた。ティクリートでの作戦行動は、伊吹たちがラギーフを捕らえ、施設を制圧して他の幹部も拘束したことで完遂し、米軍も連邦内の国軍を無力化していた。
VASNAは完全に瓦解し、世界中でVASNAの拠点が制圧され魔法科兵が拘束されている。国際社会はVASNAに勝利しつつあった。
そこで国防軍は、連邦内で魔法兵器を回収している米軍に協力する運びとなり、東アッシリア州内、およびキルクーク特別市とモースル特別市での魔法兵器の回収を行ってから帰国することになった。これは、アフリカや中央アジア、インドなどでVASNAとの戦いに応援が必要になったらすぐ駆けつけられるよう、なるべくディジュラ=ワルフラート連邦共和国に滞在するためでもあった。
そうして、ティクリートやサーマッラー、バルジなどでの魔法兵器を回収した第1魔法科大隊は、こうしてキルクークにやってきている。ティクリートに続き、2年4ヶ月ぶりのキルクークである。あの日、UNIASSMに撤退命令が出て慌ててこの街を脱出して以来となる。
『司令部より各隊、キルクーク国際空港内の魔法兵器はすべて回収を確認。キルクークでの作戦行動を完了します』
武田の無線を聞いて、キルクーク国際空港の管制塔にいた伊吹はほっと息をつく。この空港は『騒乱の三日月』作戦開始とともに機能を停止していたため、管制塔には伊吹たちしかしない。ここから伊吹は透視によって兵器を捜索していたが、特に問題なくすべての回収が完了したようだ。
念のため上空にいる輸送機の司令部から連絡が入り、この街での作戦完了を知る。さすがに働きづめであり、空も少しずつ太陽が傾きつつあったため、今日はこの街に滞在して明日モースル特別市へ向かうことになっている。もちろん滞在と言っても、空港近く、かつてUNIASSMが駐屯地を置いていたエリアでの野営となる。
とはいえ伊吹はこれからまだ仕事がある。回収された魔法兵器の状態を確認し、リスト化してまとめるのだ。これをすべて司令部から国防軍、日本政府、米国政府、そして国連に報告していくことになる。
伊吹は一度伸びをしてから、管制塔の出口へと向かおうとしたが、腕を上に上げて伸ばしていたためにがら空きだった腰を思い切り捕まれた。
「うお、」
「隙ありィ」
「殴るぞ」
「いって!いや警告から殴るまで速すぎだろ」
伊吹にちょっかいをかけてきたのは二口だ。同じく管制塔から空港全体を見渡していつでも孤立空間魔法を展開できるように見張っていた。二口はこのまま任務終了となるが、次は野営地設営という任務がある。すでに上空の輸送機が降りてきている。
伊吹からの肘打ちの反撃を食らった二口は掴んでいた手を離して伊吹と向き直る。
「相変わらず軍人とは思えねぇ腰の細さだよな」
「何が言いてぇんだ」
「いや?ちょっと思い切り掴んで抱き潰してぇなぁって」
「へぇ。牛島さんに言っとく」
「彼氏にすぐチクるの良くないと思いまーす」
さすがに牛島の制裁は嫌なのか、二口は両手を挙げて降参ポーズを取る。
伊吹はため息をつきつつ、いつもこうして何気なく気安く接してくれる二口のことが大事な仲間だった。昼神といい二口といい、牛島とこういう関係になってからの方が遠慮なくこうして接してくるようにもなったが。
「…まぁ、俺は結構、お前の隣にいるの好きなのも確かだけどな」
「……え、」
きょとんとした二口の表情は、いつも飄々と人をからかう表情ばかりすることを考えると意外な顔をしていた。それにおかしくなって苦笑すると、やはり二口は珍しく顔を少し赤くした。
「……お前、牛島さんと付き合ってからなんか小悪魔度増してねぇ?」
「昼神にも言われた。別にそういうつもりじゃねぇけど、自分の気持ちにいろいろ気づいたら、なんか言いたくなったんだ」
「あーくそ、マジでかわいいな…」
「はいはい。黄金川たちの様子報告しろよ」
第六小隊は黄金川、作並、吹上がラギーフの徴発魔法で意識を失っており、ティクリート市街地の戦闘で笹谷も負傷している。その報告は本来なら茂庭の仕事だが、茂庭は及川が多忙のため一時的に第五小隊の指揮を執っている。そのため、二口が臨時で第六小隊を率いており、報告義務が生じている。
「了解」とだけ返した二口に手を振って、まだ少し耳元が赤いのを見て小さく笑ってから、伊吹は管制塔を後にした。