最終話: people have been people−6
「…降りてみていいっすか」
伊吹が尋ねると、牛島が頷いた。本来なら別に伊吹が許可を取る必要はないのだが、つい、あの頃のように聞いてしまった。
それに気づいて苦笑しつつ、伊吹は車を降りて高校を見上げる。生徒たちの声がうっすらと聞こえてくる。
少しだけ眺めて帰ろうと思っていたのだが、エントランスのところに、懐かしい女性が見えて、思わず伊吹は声を張って呼びかけてしまった。
「ッ、ファーティマ!!」
英語で呼びかけた瞬間、女性はぱっとこちらを振り返り、そして目を見開いた。やはりお洒落な明るいヒジャーブを巻いているのは前と変わらないが、少しやつれたように思える。
ファーティマは伊吹がこの高校でNGOとして授業をしているときにアシスタントとして入っていた女性の英語教師だ。
ファーティマはこちらに駆けてくる。
「朝倉さん!いったいどうして!?」
「話せば長くなるけど…あぁ良かった、生きていたんですね」
「えぇ、なんとか。大変な戦争でしたが…でも子供たちもほとんどが無事です。幸い、戦闘が激しくなる前に多くの市民が脱出できました」
「そうなんですね…本当に良かった」
ファーティマは伊吹を見上げてそう話してくれた。やがて声を詰まらせて、目元を拭う。
「魔法なんてものが発生したことも、あなたがどんな目に遭ったかも知っています。でも、そんなことはどうでもいいのです…あなたが生きてまたここにいる、それだけで、神に感謝しなければ…あぁ、なんてことでしょう…!ぜひ、子供たちに会ってくれませんか?子供たちも心配していて…」
まくし立てたファーティマに少し困ってしまう。学校内を見て回る時間があるか分からなかった。しかし、運転席から出てきた牛島が伊吹の隣にやってくる。
「話は聞いていた。俺がついていくから、見ていきたいなら見ていけばいい」
「え、いいんすか」
「あぁ。どうせもう任務はすべて完了している」
伊吹はファーティマに牛島が護衛としてついてくることを告げて、そして誘いを受けた。もし子供たちに会えるなら、会ってみたかった。
牛島と並んでファーティマについて校舎に入る。ここに通っていた時間は短かったが、昨日のことのように覚えている。建物こそ無事だったが、やはり廊下の窓際には銃痕が残っていた。
市街戦となって、子供たちはどれほど怖かったことだろう。ほとんどが無事と言っていたが、全員ではない。亡くなった子供もいるだろうし、家族を亡くした子供もいるだろう。
無傷などではまったくなくて、窓際に残された銃痕のように、誰の心にも傷跡が残っているはずだ。
ファーティマに案内された教室を、廊下から見つめる。授業の間の休憩時間なのか、高校生の子供たちが楽しそうにしている。よく見れば、伊吹が授業していた子供たちだと分かる。成長期のため、見た目の変化も大きい。2年前はまだ背も低かったが、随分体つきもよくなった。
「もうすぐ授業ですが、どうせ次は私の英語の授業なんです」
「…2年で変わるものあれば、変わらないものもある、当然なのに、不思議な感じです」
「そうですね」
ファーティマは笑うと、教室に入る。それに続いて入りながらヘルメットを外して腰にくくる。子供たちは教師が入ったことで机につこうとしたが、続いて入った伊吹を見てポカンとしたあと、全員が驚いて駆け寄ってきた。
わっと声を上げて伊吹に纏わり付いてくる。高校生の男子たちであるため普通に圧迫感もすごいが、伊吹の手を握って腕を掴み笑顔でいろいろと話しかけてくる。英語だったりアラビア語だったりするが、どれも「生きていて良かった」「会えて嬉しい」といったものだった。
「…よく覚えてたな、みんな」
英語で言えば、子供たちは当たり前だと口々に言ってくれる。見渡すと、アラブ人だけでなく、クルド人やトルクメン人などの子供たちもいるようだった。