第三話: the 2nd Battle of Hakodate−1
第三話:
the 2nd Battle of Hakodate
イランとトルコによるクルディスタン攻撃が予想外に拡大してから1年半。この間、第五次中東戦争、第四次印パ戦争、第二次中印戦争とかつて戦われた戦争が再び火を噴き、やがてパキスタンが崩壊してバローチスタン共和国とシンディスタン共和国が建国された。インドはこの両国の建国や中国国内でのウイグル動乱を支援して中国と争っていたが、米国がインドを戦争から離脱させることに成功して中国とインドは停戦した。これによって、中央アジアで米国勢力のウズベキスタンと中国勢力のタジキスタンとインド・トルコ勢力のトルクメニスタン・キルギスによる三つ巴の中央アジア紛争はほぼ停戦状態となっていた。
戦火は再び中東のみになっていたが、イスラエルとイランが互いに核兵器を使用し合ったことでダマスカスとテルアビブが焦土と化し、これが世界の二極化を招いた。
インドも離脱し、本格的な核戦争すらあり得る状況になったことで米国が本腰を入れて参戦すると、ロシアは米国に多方面展開を強いるために欧州と朝鮮半島で戦端を開き、バルト三国とフィンランドを占領、トルコとともにキプロス、ギリシャ、ルーマニア、ブルガリアも占領して、残りの東欧諸国を東欧平和会議という枠に押し込めて一切の外国軍を通さないよう強制した。朝鮮半島では北朝鮮にソウルを砲撃させていた。中国はこの戦争が次の国際秩序を決定づけると確信し、再び戦火へと身を投じた。これによって台湾とベトナムへと侵攻し、中国とロシアは同盟、ミャンマーとラオスとカンボジアもこれに続けさせられた。
EUは第二次世界大戦の再現を避けるため、ロシアに対して国連の監視団を受け入れて占領地における人権の保護を求めるにとどめ、ロシアはそれを受け入れる。こうして国連ロシア占領地監視団UNROTOMが組織され、占領地に派遣された。
こうして西方の安定を得たロシアは、いよいよ極東戦争に莫大な戦力を投じるようになり、北朝鮮は韓国へと侵攻、中国は艦隊によって台北を海上封鎖し、東シナ海と南シナ海では米国・フィリピン・ベトナム・豪州軍と中国・ロシア軍が衝突している。
韓国と台湾には英国とカナダが米軍とともに援軍を差し向けていたが、日本は周辺事態法に基づき国防行動に移った。それでもそれは通常戦力で足りる範囲で、むしろ逃れてくる難民への対応の方が重要であった。
やがて米国は、これ以上戦争を長引かせるわけにはいかないと再度インドを米国側で参戦させる方法に打って出た。国連での常任理事国入りを保証する代わりに対中参戦を決めたインドは、再び中国国内でチベットとウイグルを扇動し新疆内戦を勃発させ、中央アジアでもウズベキスタンを支援した。しかし中央アジアはすでに疲弊しており、トルクメニスタンは中立を宣言、キルギスとタジキスタンは継戦能力を喪失していたため、もはや相手がいなかった。インドはこれらの国から中国西方国境を侵犯して大々的にウイグルとチベットの内戦を支援できるようになった。
一方、中東は凄惨な状況にあった。イスラエルはエジプトからシナイ半島を占領しレバノン南部までを占領。シリアとレバノンとイラクは崩壊し、イランとトルコはこれらの国を単なる通り道として使っていた。サウジアラビアはテロによってインフラを破壊され継戦能力を喪失、王室への反政府運動が勃発した。バーレーンとクウェート、カタールはイランに占領され、UAEとオマーンは中立を宣言している。イランは全方位を、トルコは西方を安定させているため、イスラエルとの戦闘はイラクなどにおいて散発的に行われるにとどまっており、サウジアラビアとイランは事実上の停戦状態だった。国の体裁すら保てないほどの荒廃が、この地を覆っていた。
このとき、むしろ最も苛烈な戦況となっていたのは極東だったといえる。
ロシアは東アジア諸国の継戦能力を削ぐため、米国のシェールオイル輸出を阻害しようとベネズエラと同盟し、パナマを封鎖させた。しかし米国はコロンビアとブラジルとともにベネズエラへの攻撃を電撃的に行いこれを破壊、パナマ封鎖はすぐに解消された。
そうしていよいよ、ロシアと中国は東アジア最後の大国への攻撃を行うことに決定した。