第三話: the 2nd Battle of Hakodate−3


ついに交戦空域に入った。

津軽海峡の艦隊から砲撃が始まったようだが、窓のないこの機体では何も感じられない。びくともしないこの真っ黒な機体を見て、艦上の兵士たちはどう思うのだろうか。

すでに機能を喪失した八戸や三沢の基地からの援軍はなく、東北方面の陸軍は必死に陸上から応戦しているようだ。

烏養は各自の端末に最新の情報を送信し、各自が最後の確認を行う。スマホよりも薄い小型の通信端末に映し出された情報の数々に、じわじわと、自分が兵士として戦場に入るのだと実感が湧いてきた。全員、この日のために訓練してきたし、伊吹はすでにイラクやソウルで戦場を経験している。しかし今、日本は第二次世界大戦以来の戦争を迎えている。緊張感が今更体を震わせた。

すると、隣に座っている弧爪が珍しく自分から口を開いた。先日のソウルでの作戦では無線での指示をしてくれていた。


「松前の二か所、竜飛、函館の基地はいずれも沈黙。空軍の方も、車力がやられててパトリオットは使えない。海空の大湊基地本体は応戦中だけどこれもほぼ壊滅状態。鮮やかな手際だね」

「…敵は函館市街地に上陸してどうするつもりなんだろうな。青函トンネルを封鎖するならまだしも、良港とはいえ本土だぞ」

「烏養さんが言っていた通り、北海道と本州を経済的に分断するつもりなら、海峡を海上封鎖する必要があるけど、津軽海峡を閉鎖するのは難しい。物量でなんとかなる大きさじゃないからね、その量的武力は東シナ海方面に展開する方がいい」

「ってことは、最初から量的に封鎖するつもりじゃねぇのか…まさか、人質か?」

「事実上はそういうことなんじゃないかな。さすがにあからさまには言わないだろうけど、実質、函館山周辺を占領すれば人口密集地である以上、戦闘すれば民間人の犠牲は避けられない。そもそも日本国民は参戦に消極的だし、EUのやり方を踏襲する世論を狙ってるかも」


伊吹は弧爪の分析になるほど、と舌を巻く。さすが、第二中隊の参謀役である。非常に頭がキレる弧爪は、ソウルでのアシストの完璧さに見られるように、戦略立案が得意だ。つまり、敵の戦略の推測も得意ということである。

巨大な津軽海峡を封鎖するには大きな戦力が必要だが、それを維持しては極東戦線南部の戦況で劣勢になりかねない。日本に対しては戦争に参加せず邪魔をされないようにできればよく、もともと極めて戦争に否定的な日本国民の世論を煽って極東戦線から離脱させる必要があった。日本が中立国になれば、終戦時に対等な関係でその後の国際社会をやっていける。

市街戦による民間人への犠牲をちらつかせることで事実上の脅しとして連合軍の追撃を緩め、かつ、北海道を分離して本州の食糧供給を滞らせる。そしてもとより厭戦気分の高い日本人の世論を、EUのように占領地への監視団派遣でもって奪還戦争を行わないような形に誘導する。そうして平和的に日本を戦争から除け者にするのだ。


「大湊配備の「まきなみ」「しらぬい」轟沈。「ゆうだち」も被害激甚。まともに動けるのは「すずなみ」だけかな。うん、これは時間の問題だね」

「いくら「たかなみ型」の「まきなみ」と「すずなみ」がいるとはいえ、もともとそいつら護衛艦だろ、今海峡内にいる敵艦隊は軽空母1隻に強襲揚陸艦2隻、護衛艦5隻、駆逐艦3隻、すでに離脱したのもいるけど戦力差がありすぎる」


日本には自衛隊時代から駆逐艦と言われるものはいないが、「たかなみ型」という汎用護衛艦は事実上の駆逐艦として知られていた。護衛艦隊は4隻を一つの部隊とし、大湊にも4隻がいたが、2隻が沈没し1隻はひどく損壊している。

どうやら日本海において、北九州への侵攻が始まった時点でこの軍勢は南下しており、九州へ向かうものだと思われていたようだ。それが急展開して北海道に向かったため、東北方面への海軍の展開が間に合わなかったらしい。


「横須賀から第一護衛艦隊が向かってるみたい。日本の正式な軽空母たる「いずも」が率いる艦隊だし、海上戦力は明日までに何とかなる。問題は…」

「函館市街地と、海峡内の汚染か」

「おれたちに求められてるのは完璧な勝利。伊吹なら1分以内に艦隊を全部沈められるだろうけど、あの規模の艦隊が沈没したら汚染がひどいものになる」


勝てばいい、というものではない。戦争には必ず戦後がある。青函トンネルは海底から100メートルの地中にあるが、機雷や魚雷の性能によっては破壊されてしまう可能性もある。人質となった函館市街地を解放して懸念をなくしてから、あの艦隊を領海からたたき出して沈める。それくらいできなければ、「魔法」とは言えないだろう。


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