第三話: the 2nd Battle of Hakodate−4


数時間前、北海道函館市・函館国際空港。

ふわふわとしたオレンジ色の髪の毛を跳ねさせた小柄な体が、ボーディングブリッジの窓から垣間見える飛行機をきょろきょろと見るために立ち止まる。


「ちょっと、止まらないでくれる。小さくて見えないから危ないでしょ」

「月島クンはすーぐ悪口言う〜」

「ふふ、でも日向、後ろつかえちゃうから早く行こ」


明るい髪色の女性・谷地仁花に優しくたしなめられ、窓を見ていた日向翔陽はようやく進みだす。その後ろを、ひときわ背の高い眼鏡の月島蛍、変わらないメンバーの様子を見て苦笑する山口忠が続く。4人は高校時代の同級生であり、全員が宮城県に暮らしていた。

海外でこそ、日本人はすでに100人以上が戦争の犠牲になっており、今もなお、東南アジアや韓国、台湾など戦地となった国々では300人以上と連絡が取れていない。しかし本土はいたって平和で、ガソリンや食料品が値上がりしインフレ率18%という驚異的な数字を記録しているものの、命が脅かされる気配はなかった。

ニュースでは、中国が事実上の宣戦布告をしたとして騒ぎになっているが、国民は連日のように見慣れた極東戦争の一環としてしか見ておらず、麻痺しているとも言ってよかった。また、狙われるとしても東京や大阪のような大都市、もしくは大規模な軍事基地のある横須賀や呉、佐世保、沖縄などが標的となり、東北の地方都市や北海道の観光都市に直接的な影響が出るとは誰も考えていなかった。

いつも通り、降機した人々は建物の中を進み、到着ロビーに向かっていく。フライト中に確認できなかったニュースも特に更新された気配はなく、深刻そうな顔をした専門家たちが日中開戦の恐れを論じているだけである。

月島はスマホを確認して平常通りであることを知り、小さくため息をつく。少し緊張感を持っていたのだが、無事に航空機は着陸しているし、空港内に変わったこともない。人々はまさにいつも通りだった。

それが平常バイアスと呼ばれる心理現象だと分かっていれば、もっとマシだったかもしれない、とは、月島が数週間後に思うことであった。


到着ロビーに出て、レンタカーのカウンターに行こうとしたときだった。


突然、人々のスマホが一斉に鳴り響く。緊急地震速報のときのような、バイブレーションをともなう警報音だ。こんなときに地震かと思った直後、今度は屋外からサイレンが鳴り始めた。

甲子園のようなサイレンよりもより電子的で、少しずつ音が高くなっていって、やがて今度は下がっていく。ここ1年、何度も訓練として聞いてきた、「戦争用」のサイレンだ。一度サイレンは止まると、男性のゆっくりとした自動音声に切り替わる。


『ミサイル発射、ミサイル発射。敵国からミサイルが発射されました。すぐに建物の中か、もしくは地下に避難してください』


再びサイレンが鳴り始め、人々は内容にざわめく。訓練であれば訓練だというアナウンスがある。それがないということ、そして中国が宣戦布告をしてきたばかりであること、それらを鑑みれば、本当にミサイルが発射されたのだと分かる。


「蛍!みんな!」

「兄ちゃん、」


そこへ、聞きなれた兄の声がして、月島はスマホから顔を上げる。同じようにスマホを持った兄、月島明光が駆けてきていた。4人が函館に来た理由の一つが、明光に会うことだった。明光は国防陸軍第28普通科連隊に所属しており、函館駐屯地に配備されている。

4人の前で止まった明光は途端に声を小さくして全員を見渡した。


「みんな、着いてすぐごめんな、でも、今すぐに空港を出て北の山の方へ向かうんだ」

「山…?」


ミサイルが発射されたという警報があってなぜすぐに山へ向かうのか。兄の影響でミリタリーに詳しい月島が首をかしげると、明光はひとつ頷く。


「説明してる時間はない、俺も非番だけどすぐに駐屯地に行く。車出せなくてごめん。空港を出たら左に向かって、次に右に曲がるんだ。左は国道63号な。右に進んでいくと、志海苔川っていう川に出るから、川に沿って道なりに。すると国道83号に出るから、それも右に行くんだ。とにかく函館を離れて」

「なんでそんな…」

「多分蛍なら少し考えればわかると思う、敵の狙いは国防軍の中ではある程度分かってるんだ。中国は、日本をめちゃくちゃにしたいどころか、むしろなるべく戦前の状態を維持してもらいたいと考えてる。あとは分かるはず。さ、行って」

「行こうツッキー、」


いつになく緊張した面持ちの明光に、普段は聞き分けのいい月島もさすがに食い下がりたくなる。しかし山口が促したことで、仕方なく頷いた。日向と谷地はそれを見てから明光に向き直る。


「分かりました、月島がバテたら俺が背負うんで!」

「お、お気をつけて…!」

「頼むね、君たちも気を付けて。影山君には一言伝えとくから」


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