第三話: the 2nd Battle of Hakodate−6
函館市・末広町。
函館市電の十字街駅で降りた灰羽リエーフは、降りるときにぶつけた頭を掻きながら信号を渡って歩道に入る。函館の観光名所の中心となる十字街駅は、北に行けば赤レンガ、西に行けば函館山ロープウェイがある。立待岬のある南へと続く谷地頭線はここから分岐する。広い交差点に面するレトロな洋風の建物はまさに函館らしい。
リエーフにとって函館は父の実家がある街でしかなく、父の帰省として家族で毎年訪れている街だった。観光地ではあるが寂れた街で、中国人や韓国人の姿しか見かけないほどであった。しかし今、外国人はほとんどが韓国人で、中国人は忽然と姿を消していた。韓国人も、観光ではなく難民だ。
きっと自分も、「純粋な」日本人からすれば同類なのかもしれないな、とリエーフは内心で自嘲した。
東京で暮らしていたリエーフは、世界大戦勃発による大不況でリストラを受けていたが、その理由が単なる業績不振だけでないことは薄々分かっていた。母がロシア人であるリエーフは、日本にとって、潜在的敵国のスパイのように見えていたのかもしれない。
あからさまな差別は職場で徐々に表面化しつつあり、韓国や台湾、ベトナムで多くの邦人が枢軸国軍によって犠牲となると、急速にロシア系や中華系の人々への当たりは強くなっていった。何度も横浜や長崎、池袋の中華街で放火などが相次いだし、中国人学校やロシア人学校はゴミ捨て場と化した。リエーフの家にも、「ロシア人は出ていけ」「売国奴」「非国民」「ビ〇チのスパイ」などの落書きが壁面に書かれるようになり、母や姉が何度も涙を流しているのを見ていた。
そしてついに、姉のアリサが暴行に遭いかけたことで、母はこれ以上耐えられないと判断した。ロシア語がある程度話せるアリサを連れて、実家のあるサンクトペテルブルクに帰っていった。同じように、日本からは大半のロシア人が帰国していた。
リエーフはロシア語が話せないため、現地でも風当たりが弱くはないだろうと考えていたし、それは家族も同意見であったため、日本に留まることにした。しかし東京での差別に疲れ果てていたリエーフは、優しい父方の祖父母に勧められ、函館の父の実家に身を寄せていたのだった。
それでも、近所の人には噂され、結局はここでも肩身の狭い思いをしていた。
何か気晴らしに、と函館山にでも登ろうと思って、実家のある上野町からはるばる市電を乗ってここへ来ている。
ロープウェイはいくらだっただろうか、と財布を気にした、そのとき、スマホが警報音を鳴らし街中にサイレンが響き始めた。
『ミサイル発射、ミサイル発射』
単調な男性の自動音声が告げたそれに驚いたのはリエーフだけではなく、通りを歩いていた人々や急停止した市電から出てきた乗客たちも周囲を見わたしたりスマホを見たりとせわしなくしていた。
サイレンが途切れると、今度は市の防災無線に切り替わった。
『ただいま枢軸国軍が海上からミサイルを発射したと国防軍から連絡がありました。これは訓練ではありません、ただちに頑丈な建物や地下に避難してください。繰り返します、これは訓練ではありません』
切羽詰まったような男性の肉声に、一気に緊張感が高まった。徐々に人々が状況を理解して動き始めた直後、港の緑の島方面から爆音が響き渡った。腹の底に響くような重い音と、街並みの向こうに立ち上る黒煙。ついで、函館山や陸軍の駐屯地から対空砲が放たれ、頭上の空で次々に爆発していく。
空気はビリビリと振動し、街中に満ちる狂乱の喧噪を助長するかのようだった。
突如として始まった戦闘に、人々は悲鳴を上げて走り出した。爆発が起こるたび、身を低くして頭を手で覆うようにしながら走る。老人たちは走れず、市電のレールに躓き転ぶ人々が続出した。パニックに陥った人々が、止まった車や市電の合間を縫うように交差点から近くの建物へと向かっていく。その悲鳴は、何度も上空の爆音にかき消された。
リエーフもすぐに、190センチを超す長躯をかがめながら、交差点に面するまちづくりセンターに入った。大正時代にデパートとして建てられた趣ある洋風の建物の中には、すでに多くの人々が逃げ込んでいた。
この建物が戦争を経験するのは、これが二度目になる。