第三話: the 2nd Battle of Hakodate−8


僅か10分ほどで展望台のすべての敵兵士が沈黙し、屋上には建物内部の掃討を終えた第三小隊と第四小隊が登ってくる。第一小隊と第二小隊は施設外に戻っており、転がっている死体を脇に寄せている。烏養は血だまりを視界に入れないようにして展望台の柵にもたれて立っている伊吹を見つけると、肩を叩いて戦艦を指さす。


「じきに砲撃が始まる。やれるか?」

「っ、はい」


その言葉を待たないうちに、連絡が取れなくなったことで全滅を悟った艦隊から砲撃が始まった。

現在、敵艦隊は空港沖に護衛艦と駆逐艦、港湾内に護衛艦、そして函館山沖に強襲揚陸艦がいる形で計4隻にまで減っていた。他の艦隊は函館占領と同時に帰投しているようだ。市街地を囲む4隻によって封鎖された函館は完全に敵の掌中にある。

砲撃はすぐに、真っ黒な孤立空間魔法によって阻まれ、山から離れた上空で爆発していく。山麓の住宅街からガラスが割れる音が微かに聞こえてくるものの、損壊は起きていないだろう。四方から続く砲撃に、敵艦隊を機能停止させる必要があるが、この距離でそれができるのは伊吹だけだ。それは分かっているのだが、脳裏には、火球と爆風に覆われるティクリートの街が浮かんでいた。

あれが再発しないように、これまで伊吹は血反吐を吐くような訓練を重ねて魔法をコントロールできるようにしてきた。あんなことは起こらないと、少なくとも軍の上層部に至るまでが承知しているほどには、伊吹の実力は確かなものとなった。それでもなお、心は、手を震わせる。

自分のせいで、11万人もの市民の命が奪われたのだ。

軍隊内部ではそれは有名な話で、伊吹は「ティクリートの怪物」と呼ばれていた。それは蔑称であり、他の通常部隊の者たちは伊吹に決して近寄ろうとしなかったし、「怪物」に国土防衛を任せるなんて、という声は声高に聞こえてくる。それを差別だと憤る仲間にどう言われようとも、伊吹は甘んじて受けるべき罰なのだと思っている。


伊吹は、許されてはいけないのだ。


その罪の意識が、いざというときに手を震わせた。今このまま魔法を使えば、それこそあの悪夢の再来だ。分かっているのに、リフレインが止まらない。黙り込む伊吹に、烏養が怪訝な顔をしたときだった。


「大丈夫だ、伊吹」

「…、牛島さん」


隣に立って柵から眼下の街を見下ろす精悍な顔つき。思わず見上げたその表情はだいぶ情けなかったらしい、牛島は小さく笑うと、伊吹の頬にかさついた指を滑らせた。


「お前の努力をそばで見てきた。もうお前は、決してあんなことを繰り返さない」

「……はい、」

「それでも不安だというのなら、そうだな、あれを使えばいい。どうせ何もかも実践投入は初めてだ、そうだろう、烏養大尉」

「まさかあれか?…いや、いい。その方が朝倉が機能するなら許可する」


烏養の意図していたことは、恐らく爆轟魔法によって艦上を破壊することだ。しかし、牛島が提案した新しい魔法であれば、ティクリートのような惨劇は起こらない。ただ、ほとんど使ったことはなかったため、技術的な懸念はあった。


「で、でも、あれは…」

「いいから。どうせ、こんなこといくらでも出てくるからな」


しかし烏養はあっけらかんとそう笑った。伊吹はそこまで言うなら、そして牛島が信じてくれるなら、やってみようという気が沸いてきた。少なくとも、爆轟魔法よりはマシだろう。


「確かに爆轟魔法で破壊するより時間的な制約が出てくるが、俺たちがさっさと任務を遂行すればいいだけの話だ。伊吹、気にせずやれ」


牛島はそう言って肩を抱き寄せてきた。牛島の体温を右側に感じる。分厚い軍服であっても、牛島の逞しい体がはっきりと分かった。その温もりに安堵し、伊吹はひとつ息をつく。そして、魔法の展開を開始した。


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