第一話: Not in the Combat−3


その日、伊吹は及川たちにホテルではなく国連キャンプに寄るよう頼んだ。表情で何かを察したのだろう、珍しく黙って頷いた及川は、学校からキャンプへと向かうよう牛島に指示を出した。木兎すら黙っているのを見て、伊吹はすでに事態が教育で何とかなるようなレベルではなくなっていることを薄々察していた。

国連キャンプに到着すると、車は国防軍の宿営テントに向かい、及川たちとともに車を出て中に入った。司令部のような役割でもあるテントの中は、長机に電話やパソコンが置かれ、迷彩服の兵士たちが作業をしていた。その奥にいるのが、日本部隊の残りの武官である烏養繋心、溝口貞幸、直井学だ。いずれも二等陸尉である。


「溝口くーん、お客さんだよ」

「その呼び方やめろ…って、あんた確か、NGOの方で参加してる朝倉さんか」

「どうも。気になることがあって報告しに来ましたが…そちらも何か掴んだようで」


深刻そうな3人と、神妙な面持ちだった及川たち。分かりやすいことこのうえない。
烏養は苦笑すると、「会議室で聞こう」と促した。
それに続いて会議室の中に入ると、屈強な兵士6人と文民の伊吹という組み合わせのせいか、まるで拉致でもされたかのようだった。この国ではシャレにならないが。
二等陸尉の3人と向かい合う形で、及川たちと伊吹が座る。


「報告ってのは、学校でのことか?」


口火を切ったのは烏養で、伊吹は頷いて喋り始めた。


「はい。アシスタントの女性教師が、シーア派なんですが、クルド人への反感が思っているよりも急速に拡大していることを教えてくれました。やはり、SNSなどを通じて国際情勢に市民が敏感になっているようです」

「なるほどな…いや実はな、これはオフレコで頼みたいんだが…」


そう言って烏養が教えてくれたのは、PKFの間の「噂」だった。軍人の耳に届く噂だ、かなり確度は高い。

どうやら現在、イランがイラク国内のシーア派武装組織への支援をしているらしい。シリアでも、レバノンのシーア派武装組織「ヒズボラ」を通して同じことが起きている。ヒズボラは事実上レバノンの国軍ともいえるほどレバノンで幅を利かせている。
イラクはもともとシーア派が人口の半分近くを占める国だが、選挙のときには少数派である自覚がある分組織票となるため、逆にまとまった票が入りイラクでのシーア派政権の樹立を実現してきた。今もシーア派政権が立っている。
どうやらイランはその政権をかなり牛耳っているようで、国内にも干渉している。


「イランの狙いはイラク、シリア、レバノンとシーア派による一連の影響範囲を確立すること。そしてトルコの狙いは、イランとともにこの地域への影響力を高めつつ、米国から離れて大国としての座を立脚することだ。そして両国の共通の敵は、クルド人と米国。さらに両国のバックにはロシアだ」

「イランによる武装組織の支援…サウジとイスラエルにとっては直接の脅威っすね」

「米国にとってもな。日本政府としては国防軍としての最初のPKOへの参加を成功させたいってのと、名前を変えるところまでこぎつけた以上、あわよくばさらに国際的地位を正規軍として恥ずかしくないものにしたいわけだから、俺たちの早期撤退は難しそうだ」


なるほどな、と伊吹は及川たちの表情の理由を悟った。この地域が急速に不安定なものとなる中、日本政府はのほほんと保守層の欲を満たすために情勢の正確な分析を避けている。従来であれば、緊張が高まっている以上撤退を議論するはず。
もし戦闘になっても、「戦闘ではない」と言い訳をするのだろう。全員の頭の中に、南スーダンPKOが浮かんでいた。


「…まっ、伊吹のことは俺が守るよ」


すると、右隣に座る及川がそんなことを言って頭を撫でてきた。何かと思い目を瞬かせていると、反対側から牛島も肩に手を置いてきた。


「及川の言う通りだ。俺たちが必ず、安全な場所へ送り届ける」

「俺もいるかんな!!」


牛島の隣にいる木兎もやかましくそう言ってきた。文民保護は、紛争発生後に彼らの最優先の任務となる。


「…すんません、完全にお荷物になるけど、頼みます」

「守る者がいる方がパフォーマンスも上がるものだ、気にせず守られていてくれ」


直井はそう朗らかに笑う。彼らは誰一人戦争を経験したわけではない。装備だって、安全な国へ行くという都合上、左派政党に追及されないよう最低限のものしか持っていない。フィジー軍やフランス軍の装備との差に愕然としたのを覚えている。
そう分かっていても、伊吹は彼らに守られる以外に選択肢がなかった。剣よりもペンが強いのは、剣が振るわれていない場所の話でしかないのだ。


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