第三話: the 2nd Battle of Hakodate−11
「おいロシア人!お前、囮にでもなってきたらどうなんだ!?」
男性が怒鳴った相手は、人々の中にいた銀髪のひときわ背が高い青年だった。ハーフだろう、青年は怯えた表情になる。周囲の人々は、男に続くことこそなかったが、じとりと青年を見ていた。気持ちは同じということだろう。
「お、俺はロシア語ほとんど話せないし、普通に日本人なんで…」
「知るか!油断させることくらいはできんだろが!」
「そうだ!お前の血縁者の国が起こした戦争だろ!責任取れ!!」
友人らしい別の男も怒鳴る。建物に入っていた及川や花巻は露骨に顔をしかめる。外で防御魔法を展開する二口たちも、こちらを振り返って眉間にしわを寄せていた。
「ほら行けよ!!」
男に突き飛ばされた青年は、伊吹のすぐ目の前に尻餅をついた。人々は冷たい目で青年を見下ろしている。ただでさえ押し寄せた難民で混乱していた函館は、突如として敵軍に占領されて人々は数時間に渡ってここに閉じ込められている。恐怖や家族への心配、国の先行きへの不安など、彼らがどれほど心理的なストレスに晒されているかを考えれば、責める気にはなれなかった。
堪らず、伊吹は口を開いていた。
「…国を恨んで民を憎まず」
及川たちが驚いたようにこちらを見て、人々も軍人がしゃべったことでこちらに一斉に意識を向けた。しゃがみ込む青年も見上げてくる。
「戦争を起こしたのも、指示しているのも、すべて国です。目の前のその国の人間を恨むのは、それが戦闘員でないならなおさら、お門違いでしょう」
「なに…!?その国民が選んだ政府だろうが!トルコもロシアも!!」
「中東では、概してユダヤ人は憎まれていません。アラブの国々が憎むのはイスラエルであってユダヤ人やユダヤ教ではないんです。そうではない人ももちろんいますが、主流ではありません。同じように、シーア派が憎いのではなくイランが憎くて、スンニ派が憎いのではなくサウジアラビアが憎いんです」
イスラームの聖典・コーランは、宗教法というよりも、砂漠都市という空間で異教徒・異民族とうまくやっていくための「生き方」と「社会の在り方」を説いたものという側面も強い。そして、ユダヤ教もキリスト教も尊重され、それを信仰する人々は「啓典の民」と呼ばれる。だからユダヤ人を憎むのではなく、パレスティナを奪ったイスラエルという国家を憎む。それが中東の人々の基本的な考え方だった。
「日本では、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、っていう考え方が主流かもしれません。だから、韓国や中国を嫌うときに韓国人と中国人も嫌うんです。当の韓国人や中国人は、日本人は好きだけど日本政府は嫌い、って昔から有名でした。でも、中東の人々のように、目の前の人間ではなく国家だけを恨むのなら…」
伊吹は銀髪の青年の頭にぽんと手を置く。指先に触れる髪の毛はサラサラで触り心地が良かった。
「目の前にいる人間を、人種や宗教のような属性ではなく、人間個人として見ることができるのなら、きっと国家への恨みがその人にまで向くことはない。俺は、そういう心の在り方をみんながしていれば、この戦争がこれからどんな展開をしたとしても、いつか手を携えて平和な世界をともに築くために協力し合える可能性を持ち続けられると思います。…俺たち大人は、そういう可能性を、子供たちに見せなければならないのだとも思うんです」
沈黙が落ちると、外からの銃撃が激しく、かつ近づいてきていることが音で分かった。伊吹はサブマシンガンであるMP7を両手で構える。小型の短機関銃だ。
「すんません溝口さん、無駄口叩きました。いきましょう、すぐに戦車が来ます」
「問題ねえよ。鎌先、朝倉を守りながら通りに出ろ。お前ら二人で十分だろ」
「了解です。いくぞ伊吹」
「お願いします」