第三話: the 2nd Battle of Hakodate−13
伊吹は無線に応答したあと、第一小隊に敬礼してから風気魔法を足に纏った。伊吹はそれによって浮き上がると、一気に空気を押し出して推進力を得て前へと進みだす。勢いよく景色が後ろに流れ、冷たい風が頬を切る。電線を避けながら、雑居ビルの続く市電沿いの道から右手に入り、今度は国道278号線を北上していく。飛んでいるため、右手には青い海が見えていた。そこに停泊した駆逐艦と護衛艦はいまだ沈黙している。車が置き去りにされた道路には、たまに外に出た市民の姿が見え、飛んでいる伊吹を見てぎょっとしていた。確実に噂になるはずだが、それでもなお、国防軍は魔法使いの公表をすぐには行わないらしい。透明性より合理性、それは国防には必要な考え方だ。
前方に見えていた煙を上げる場所が駐屯地であろうとは分かっていたが、金堀町交差点に至ると、伊吹はいったん空中に滞空して様子を確認する。
交差点に面する下水処理場は無事だ。その向こうには競輪場があるが、こちらは破壊されており、付近の飲食店が火災で煙を上げている。スタジアムの壊れ方を見る限り、恐らく駆逐艦からの巡航ミサイルだろう。さらに競輪場の向こう側一帯には陸軍の函館駐屯地があるが、大半の建物が半壊・全壊していた。巡航ミサイルが敷地内に、少なくとも2発は直撃している。そして地対地ミサイルや迫撃砲による攻撃が散発的にあったのか、爆発の跡があちこちにあった。
敷地は敵軍によって占拠されており、敵の地対空兵器や施設部隊が展開されている。国防軍の兵士であろう死体が敷地の隅に山積みにされていた。
これだけの数の日本人の死体を見たのは初めてで、伊吹は一瞬足が竦む。浮いているため竦んだところでどうということはないが、足元が覚束なくなるような感じが這い上がってきた。グラウンドなどの平地にいる兵士はまだしも、瓦礫の山と化した北側の建築物のあたりで戦闘はしたくない。なぜならあそこには、恐らくまだ多くの陸軍の遺体が埋まっているはずだ。できればなるべく綺麗に、彼らを家族の元に帰してやりたかった。
第一小隊が函館駅を片付けてこちらに来るまでまだ時間がある。伊吹はまず、施設の状況を精査して、戦い方を検討する必要があった。問題なさそうなら、伊吹が一掃してもいいだろう。
伊吹は魔法を解いて道路に足をつくと、再び国道278号線を進んで回り込むことにした。海沿いに進めば、しばらく駐屯地と道路の間には民間の建物が続くため姿が見えなくなる。透視によって敵の目がないことを確かめながら、伊吹は走って広野町交差点まで進み、左手を確認する。駒場通りという道路は駐屯地に面しており、何台かの車が事故を起こして止まっているほかに人影はなかった。ふと、278号線の先の方で何かが動く気配を感じた。すぐに伊吹は車に隠れ、透視する。
すると、すぐ近くスーパーの駐車場に民間人がいるのが見えた。5人ほどだろうか、そのうち一人が国道の様子を覗いていたようだ。その人物が引っ込んでから、伊吹は走ってそちらへ向かった。こんな近いところにいては戦闘に巻き込まれかねない。
新築なのか、小綺麗なスーパーの中に入ると、喋り声が聞こえる。明かりを落として薄暗いレジを抜けて商品棚の合間を進んでいくと、オレンジ色の頭が見えた。伊吹と同じか僅かに高いかくらいの青年だ。一歩近づくと、途端にその青年が振り返った。何かを察したらしい、短機関銃を構えた伊吹を見て目を見開いた。そして「うわっ!」と叫んで両手を挙げた。その挙動に驚いた数人の悲鳴が響く。伊吹は慌てて口元に指を宛てた。
「静かに!国防軍です」
「えっ、国防軍!?」
青年の声に、隠れていた他の者たちも現れた。背の高い男性3人と女性1人、計5人だ。その中の一人が、足をかばいながら全員の前に立った。
「私は国防陸軍第28普通科連隊所属、月島二等陸曹です」
「…連合軍統一特殊兵科連隊所属、朝倉少尉、特殊即応官。正式な場ではないので敬語はいいです」
「そう、か、分かった」
特兵連だと分かった途端に怯えた表情になった。それを察したのか、隣に立つ190センチはあろうかという眼鏡の青年が訝しむ。
「…なんで国防陸軍所属なのに「少尉」なんですか。三等陸尉ですよね、日本では。連合軍には派遣されているだけでしょ」
「こら、蛍、やめなさい」
「……弟さん、すか」
「ええ、月島蛍です、すいません、機密ですよね」
「敬語いらねっす。機密っすけど、どうせすぐ露見します、少なくとも上層部は民間人の間で噂になってでも俺たちに函館解放作戦を実行させてます」
月島という眼鏡の青年は軍の構造に詳しいらしい。日本式に名乗らなかった伊吹を警戒している。第28普通科連隊に所属している明光は、伊吹が魔法使いだと理解しているようだった。当然だろう、特兵連と聞いてその実情を知らない者はいない。