第四話: the 2nd Shimonoseki Campaign−10
生存者がいるのは、3階が1階まで崩落した校舎の端の部分で、2階まで残った壁面の内側に瓦礫の山ができている場所だった。崩落の危険を考えて、二人は昇降口からではなく壁面の間から直接壁の内側に入って瓦礫の山を見渡す。伊吹はもう一度透視をすると、瓦礫の隙間に子供の影を見つけた。
「いた、そこです」
伊吹が指さした方へ二人で進むと、屋上のものと思われる厚いコンクリートが2メートル四方ほどで横たわっており、その下に生存者がいた。
「聞こえるか?」
「けほっ…たすけて…」
小さな子供の声だ。伊吹が透視した通りで、牛島と顔を見合わせると、牛島がすぐにしゃがんでコンクリートに手を触れた。伊吹は透視によって瓦礫の重なりを確認し、このコンクリート片がなくなっても問題なさそうなことを確かめる。
「いけます」
「よし」
牛島は伊吹が何を確認したのか、詳細を聞かずとも理解している。すぐに破砕魔法を使うと、コンクリート片を一瞬にて砂粒レベルにまで粉砕した。文字通り粉々となったコンクリートが埃のように舞うと、その中に子供が見えた。すかさず伊吹が風気魔法で埃を吹き飛ばすと、せき込む子供がこちらを見上げる。小学校低学年くらいの少女だ。
「大丈夫か!」
「…げほっ、げほ、うん……」
牛島より小さい伊吹が瓦礫の隙間に降りていき、少女を抱き上げる。ぐったりとしており、体は冷たい。爆撃直後は意識を失っていたのだろう。気づかれずにいたようだ。火災が起きていなくて本当に良かった。
そして、伊吹は周りの瓦礫の中をちらりと見て、思わず目を閉じる。透視をしたときに気付いていた。この瓦礫の下には、確かに「生存者」がいて、この少女を助け出したが、ここには他にも、4人の児童の遺体が埋まっていた。生気のない真っ白な腕や足が合間から飛び出し、目を閉じた顔が机とコンクリートに挟まれている。瓦礫はあちこちに赤く血痕がついていた。
「伊吹、」
鋭く呼ぶ声は、牛島がこの隙間の惨状を察したから出た声だろう。伊吹は応じて、少女を片手に抱きながら、牛島に差し出された手をつかんだ。力強く引っ張り上げられ、瓦礫の隙間から這い出る。ひっぱりあげられた拍子に、思わず牛島に凭れると、腰を抱き寄せられる。その温もりについ体を寄せそうになったが、やるべきことを忘れることはなく、伊吹はすぐに離れて携帯端末を手に取った。
それで消防に連絡すると、間もなく救急車が駆け付け、合わせて瓦礫から遺体を出すための消防士たちも集まってきた。さすがに瓦礫の合間に下敷きになった遺体を傷つけずに出すには、伊吹たちには知識がない。少女を預け、遺体の場所を示せば、あとは彼らに任せることになる。
「…伊吹、行くぞ」
「え……どこにっすか」
すると、牛島はそう言って伊吹の手を引っ張った。校庭をぐいぐいと進む牛島にされるがままとなってついていくと、やがて近くの森から山の中に入っていく。特に整備されているわけでもない、ただの山の斜面を上がっていく牛島は無言で、こういうときに何を言っても意味がないため、伊吹は黙って続いた。
鬱蒼とした、というほどでもないがちゃんとした森で、住宅街から少し離れたそこは、市街地の喧騒が少し遠くなっていた。
「…伊吹。何かあっただろう」
「……こんなとこまで連れてきて、話すまで返さないつもりっすか」
「その通りだ。ため込むべきじゃない」
そう言うと、牛島は伊吹のヘルメットをそっと外した。留め具を外して頭からどかすと、簡単に腰のベルトにくくる。久しぶりにヘルメットが外され、伊吹は汗で張り付いた前髪をかき分けようとして、それを牛島に止められた。代わりに牛島が、フィンガーレスの手袋から出た指をそっと滑らせて伊吹の前髪をかき分けた。
「キルクークで初めて伊吹に頼られたとき、俺はとても嬉しかった。伊吹に心を寄せてもらって、寄りかかられることが。だから安心して凭れるといい」
そしてまた腰を抱き寄せられ、完全に正面から抱きしめられる。ゼロ距離となって、胸板に顔を押し付けさせられた。
キルクークから脱出するとき、やるせない気持ちになっていた伊吹を牛島が支えてくれた。たった一瞬のことだったが、あのとき牛島が言ってくれたことが、今でも支えになっている。いや、ずっと、牛島のまっすぐな言葉は伊吹を支え続けてくれている。