第一話: City of Light−3
時間になると、会議が始まった。会議というよりは現状の共有と今後の方向性の伝達を目的とした場である。烏養が最初に簡単な挨拶をすると、最前列で兵士たちに向かい合うように座っている副隊長席に視線を向けた。目が合った伊吹がまさか、と思っていると、烏養は伊吹をニヤリと見る。
「では、戦況について元NGOで国連PKOにも参加していた朝倉特殊即応官に説明してもらおう」
「…や、聞いてねっす」
「いつでもこれくらいできんだろ?俺たち脳筋上がりだしな」
「………パワハラっすよ」
ぼやきながらも、さすがに少佐からの命令には逆らえない。それに、日向たちのような民間人がいる以上、戦況について分かりやすい言葉で伝えることは、確かに国連に呼ばれるような立場の人間がやるべきだろう。一定の合理性があるため、しぶしぶ伊吹は立ち上がる。脳筋だなんて言っているが、彼らもPKOに選ばれたエリート中のエリートだったのだ、できないわけがない。
烏養に変わって前に立つと、伊吹ならなんでも楽しみらしい日向や影山、リエーフ、白馬などだけでなく、普段こういうことをしない伊吹の珍しい講義のお時間に黒尾や澤村も楽し気にしている。ため息をついて、伊吹は前方のスクリーンに映し出された世界地図を示した。
「日向三等陸曹、おととしの5月にイランとトルコが攻撃した民族の名前は」
「え……あー……車みたいな……」
「…クルド人だアホ」
バチッと音がしたかと思うと日向が「いてっ!」と叫ぶ。雷電魔法によって強めの静電気を日向の腕に当ててやったのだ。
「今俺は静電気を日向の肌から少し離れた場所に発生させ日向の腕に向けて流した。この魔法の名前はなんだ。リエーフ」
「…?あっ、エクスペクトパトローいっっって!!!」
今度はリエーフに電気が発生して呻き声が響く。「影山、答えろ」と示すと、影山は心得たように「独立可視化雷電魔法です」と答えた。
「正解。じゃあイランとトルコがクルド人を攻撃して、イスラエルがそれを国防上の危機だと認識したことでイラン・トルコと開戦したあと、イスラエルに味方するサウジはどうした?」
「打ち上げっスか?いっ!!てぇ!!」
頭を抱える伊吹に、部屋のあちこちから笑いが漏れる。単純におバカな日向とリエーフに対して、影山は魔法の覚えは極めて良いのにそれ以外はアホの子であるため、扱いに窮する伊吹がおかしいらしい。それにしても、このレベルから戦況の確認をするのか、と遠い目になる。
「まず最初に問題になったのは、クルド人が国を求めてイランやトルコでテロを起こしていたことだ。それを止めようとイランとトルコが共同でイラクに侵攻して、領内にいるクルド人を攻撃した。そのためにイラクやシリアに基地を建設すると、イランと敵対するイスラエルは基地が近くにできることを恐れて、イランに宣戦布告したわけだ。米国はイスラエルについて、イランが嫌いなサウジもイスラエルについた。イランとトルコにはロシアがついている。そうして始まった第五次中東戦争は、サウジが武器をパキスタンに提供したことで拡大する」
「すみません、なんでイランはこんな嫌われてるんですか?」
質問してきたのは山口だった。控えめなそれは、理解はしているが気になっていることだったのだろう。伊吹は答えない理由もなく、むしろおとなしい山口は好ましく思っていたため、答えることにする。
「もともとイランは、かつてパフレヴィー朝イラン帝国という国で、米国の同盟国だったんだ。皇帝はイランを米国のような国にするために『白色革命』という近代化を進めた。でもそれは、イスラームの教えに反する堕落した生活と貧富の格差を招いた。それに耐えられなくなった人々が、権威を失ったシーア派指導者の下に集まり、1979年にイラン革命が起きた」
かつては中東最大の米国の同盟国だったイランは、白色革命によって貧富の格差や宗教の退廃が進み、敬虔なムスリムが都市の堕落した生活にショックを受けた。また、法学者は権威を失い、従来の社会は崩壊し、人々の心が乱れていった。人々はよりどころをシーア派的な国家の建築に求めるようになる。
「そもそもシーア派ってのは、イスラームの始祖であるムハンマド以降、共同体の指導者に正当性を求める派閥のことを意味する」
始祖ムハンマドは、聖典コーランの中で、ムスリムは共同体をつくるべきだと述べた。もともとイスラームは神と人の間に何者も設けないため、キリスト教のように司祭や牧師はいない。共同体の指導者はあくまで政治的な指導者であり、宗教的な指導者というのはどちらかといえばコーランの教えを現代の法や価値観に当てはめる「法解釈」を行う指導者を意味する。
ムハンマド以降、後継者を指名して引き継ぐ形で4人がカリフという名の共同体の指導者を担ったが、4代目のアリーが暗殺されると指名のないまま当時の実力者がカリフの座についた。神と自身の間に何も介入しない宗教であるため、政治的な指導者に過ぎないカリフの正当性は多くの人には興味がなく、「誰でもいいから力のある人がやればいい」というスンニ派と、「ムハンマド以降の指名は絶対」というシーア派に分かれることになった。彼らの違いは共同体指導者の解釈でしかないため、宗教的な違いは当初存在しなかった。
やがてシーア派は指導者をアリーの子孫に託してイマームと呼ぶようになるが、このイマームをどこまで正統とするかでシーア派はさらに内部で分派する。スンニ派は法学者による解釈や考え方によって派閥ができるのに対してシーア派はイマームの最後は誰かで決まる。この中で、第12代イマームが最後だとする派閥のことを十二イマーム派といい、イランやアゼルバイジャンなどの国民の大半を占め、シーア派の最大勢力となっている。
「十二イマーム派の特徴は、第12代イマームは死んでいなくて「お隠れになった」だけだとする考え方だ。そして審判の日にイマームが再び現れて、善なる魂を天国に連れていく。それまで、共同体の指導者は法学者がやるべきだというのが基本。イラン革命によってイランはイスラームの教え、すなわち十二イマーム派の教えに基づく国家を建設した」
そうして完成したイランは、国民が選挙で選ぶ議会と選挙で選ぶ大統領がいる米国式の国会と、法学者による参議院のような護憲評議会、そして法学者が選挙で選ぶ最高指導者から成る。国民が選んだ政府と法学者が選んだ最高指導者の間に隔たりがあり、両者が複雑な政治力学を描くため、イランの政治は極めて難しい。