第二話: the 2nd Babylonian Captivity−1
第二話: the 2nd Babylonian Captivity
キルクークでの衝突を目前にして、UNIASSMは撤退を開始した。NGOからも連絡があり、PKFとともに北部の大都市・アルビールへ向かうことになった。アルビールはクルド人地域の最も中心地である街で、イラクにおけるクルド人の首都である。安定したクルド人による自治が行われてきたため、イラクで最も治安がよく、日本の領事館もあった。
イランやトルコは国連に対し、UNIASSMへの攻撃は一切行わないものの、危険な立場に置かれることへの警告を行った。国連も応じ、イランとトルコを非難しつつ、シリアとイラクにいる部隊と文民の撤退を指示した。
しかし、イスラエルによるシリアの首都ダマスカスへのミサイル攻撃によって日本人文民を含むUNIASSMの参加者30名あまりが命を落としたことで、国連は速やかな撤退を命令、米軍など中東に展開していた西側諸国の軍隊に対して支援を要請した。日本政府は文民に犠牲者が出たことで事態を重く捉えると、米国の同盟国ながら異例のイスラエルへの批判を行い、国防軍と日本人文民の即時撤退を命じた。同様にイラク、シリア、レバノンの大使館職員も帰国を指示した。
急速に事態が悪化する中、伊吹たちもキャンプを引き揚げて急いでアルビールへと街道を車で駆け抜けた。この街道から少しでも国境へ近づけば、イランによる空爆が行われている。戦争の中にいる、その感覚が急に強くなっていった。
荒涼とした砂の大地を走るバンの中で、伊吹は及川と木兎の間に座って汚れた窓の外を眺めていた。粗末な電柱が続くだけの道だ。運転しているのは烏養、助手席には溝口で、真ん中の席には直井と牛島、最後列に及川と伊吹と木兎がいる。
「伊吹?大丈夫?」
ふと、右側から及川が声をかけてきた。緩慢にそちらを向くと、心配そうにする瞳と目が合った。その後ろにはライフルが窓に立てかけられている。
「…大丈夫、っす。たぶん」
「酔ったのか!?」
左からは木兎がやかましく聞いてくる。状況などから考えれば伊吹の心境を察するのは難しくないはずだが、それでも木兎はずれてしまうらしい。そのおバカさに、救われた。伊吹はくすりと笑うと、「酔ってねっす」とだけ答えた。
「窓から吐いても大丈夫だからな!後ろいねーし!」
「その窓開くんすか」
「えっ…あれ!?開かない!ねえ及川この窓開かねーんだけど!!」
「うるさいな!?こういう車の最後列は開かないもんでしょ!」
窓を開ける機構がないことに騒ぐ木兎に、伊吹を挟んで及川が怒鳴る。フランス軍やフィジー軍の車列の最後尾が日本のため、後続がいなくてよかった。完全に後ろから見えていただろう。
いつものやり取りに少し安心した、そのときだった。
突如として、前方が黒煙に包まれた。瞬間、爆音が轟いて車が急停止する。シートベルトが腰に食い込む痛みと爆発音による耳鳴りだけが感覚を支配したかと思うと、烏養はすぐにハンドルを回転させてアクセルを踏んだ。タイヤのこすれる甲高い音とともに、バンは急発進し、そして道路を外れて砂利に覆われた地面に出た。
いったい何を、と思った途端に再び轟音が轟くと、車列が一瞬で吹き飛んだ。おもちゃのように、車や大型のトラックまでもが空中に舞い上がり、地面に落下していく。道路を出たことで車はガタガタと激しく揺れるが、すぐ近くに落下した乗用車から押しつぶされた軍人の赤い血が地面に飛び散るのが見えて息が止まる。
「何が起きてる!!」
烏養に対して直井が叫ぶ。それには溝口が答えた。
「分からねぇ!だが、いきなり車列が丸ごと吹っ飛んだ!!烏養が咄嗟に避けなきゃ俺たちもああなってたぞ!!」
ひしゃげた車やトラックからは血が流れ出ており、キルクークにいたPKO部隊の大半がこの一瞬で命を落としたのだと理解した。
それにしても、1度目の爆発はいいとして、2度目の現象が謎だった。爆発は起きていないのに、衝撃波だけが車列を前方から吹き飛ばしたのだ。
バンが停止すると、すぐに木兎が伊吹を抱きしめるようにしてシートに倒れた。及川の膝の上に上体を置いているようにして倒れている。及川の膝と木兎に挟まれていると、及川がライフルを構えた。銃撃を警戒しているのだ。
「大丈夫」
一言、耳元で木兎が囁いた。車内は緊迫した沈黙に包まれ、時折索敵する直井や及川の鋭く小さな暗号のような専門用語が聞こえるだけだった。
「死んでも守る」
そんな木兎の低い声を聞いて、伊吹の体は弛緩した。一瞬で張り詰めた緊張感が、少し和らいだ。おかげで、体が硬くなって動けなくなるようなことにはならなさそうだった。
しかしその次の瞬間、バチ、という電気の流れる音が至近距離で響いたような気がした直後、体に衝撃が走った。感覚が一瞬でなくなるのとほとんど同時に、意識が遠のいた。