第二話: the 2nd Babylonian Captivity−2


ふと目が覚めると、薄暗い視界で本当に目が覚めたのか一瞬分からなくなった。朦朧とする意識の中、鈍い痛みが全身に走る感覚で少しずつ辺りを認識していく。

まず体、出血などの目立った外傷はない。あちこちに痛みはあるが、怪我と呼べるような怪我はなかった。どうやら腕は後ろに縛られているようで、動かせない。
続いて場所、アスファルトがむき出しとなった武骨な部屋で、窓はない。一面が鉄格子になっており、まるで牢屋だ。いや、まさに牢獄なのだろう。広さは15畳ほどだろうか。部屋の中には伊吹のほかに、及川と牛島、木兎もいた。しかし3人は腕だけでなく足も拘束され、金属の足かせがされていた。迷彩服の彼らに対して、シャツとジーンズだった伊吹は文民だとすぐに分かったのだろう。


伊吹はなんとか立ち上がると、そっと及川に近づいた。床に倒れる及川を膝で揺らすと、瞼を痙攣させながら目を覚ました。
さすが軍人というべきか、及川は目を覚ましても伊吹の名前を呼ぶこともなく、静かに辺りを見渡した。声を出せば気付かれる恐れがあった。及川は自分が手足を拘束されていることに気付いて顔をしかめたが、特に痛みを感じているようではなかったため、怪我はないらしい。

伊吹は他の2人のことも起こしに行く。やはり牛島も木兎も、目を覚ましてから声は出さずに状況の確認に入った。その間に及川は腹筋の力だけで体を這うように動かし、鉄格子の近くまで移動した。廊下を見渡してから、こちらを振り返す。


「人はいないみたい」


声とも言えない囁きで言うと、牛島は上体を起こして息をつく。


「…ここに連れられたことを覚えているか」

「なんも覚えてねー…」

「俺も、車から気づいたら…」


木兎は首を鳴らしながらそう言い、伊吹も記憶にないことを答える。及川は無言で首を振った。


「あの街道で目に見える範囲に構造物はなかった。かなり離れているだろうな」


たとえ地下であっても、地上の出入り口が一切の構造物を持たなかった場合、あの広大な土地では味方すら分からなくなってしまうだろう。ある程度の構造物が地上にあるはずなので、そうしたものがなかったあの車窓からして、ここは10キロ以上は離れた場所だと考えられた。


「溝口君たちも気配がない…丸腰だし、ここまで拘束されると逃げられるかどうか」


及川はそう言って体を起こすと、今度は尻で床を動いて伊吹のところまでやってくる。


「怪我は?」

「大丈夫す」

「そう…伊吹はなんとか走れるだろうけど、銃撃を逃れて走るのは無理だ。おとなしく、相手の出方を探るしかない。いずれにしても、これだけ大胆に国連を襲ったんだ、フランスとアメリカあたりが乗り込んでくると思う」


だから安心して、とほほ笑む及川だって、怖くないわけがない。それでも、伊吹を安心させようとしていた。それは及川自身を落ち着かせる効果もあるだろうが、なんであろうと伊吹を常に心配し守ろうとしてくれる及川や木兎、牛島が一緒にいるだけで安心できた。


「最悪、死ぬときは一緒だろ。なら、いい」

「伊吹…」

「あんたらと一緒なら、怖くねっすから」


それは本心だ。恐ろしくて仕方がないが、及川たちが一緒にいるというだけで、ポジティブな諦めがついた。この諦観は否定的なものではなく、最悪一緒に死ぬなら大丈夫、という予防線となる。それは落ち着きと冷静さをもたらした。

しかしそこへ、騒々しい足音が近づいてきた。階段を下りてくる複数の足音と、アラビア語の会話。男たちの声の合間には、銃のベルトや銃弾の擦れる金属音が響いていた。緊張が走り、伊吹たちは声を潜める。

そして、男たちが姿を現した。手にライフルを構えた男たちは、茶色の汚れた服を身にまとい、スカーフで顔を隠していた。その後ろには黒を基調とした迷彩服にヘルメットの男たち。迷彩服の男たちの会話は、スカーフの男たちとは異なる発音だった。アラビア語ではない。早口で舌を巻くようなこれは、ロシア語だ。

しかし迷彩服はロシアの正規軍のものではない。いったい何者なのか。

張り詰めた空気の中、鉄格子が開かれた。そして、スカーフの男たちは伊吹を捕まえると、腕をつかんで無理やり立たせた。


「っ、what the hell are you doin’!?」


男たちは何も答えず伊吹だけを連れ出す。乱暴な手つきは解放の意図など微塵も感じられなかった。


「伊吹!!」

「離せ!」


男たちを止めようと及川が叫び木兎が立ち上がろうとするが、男たちが銃を向けると動きを止める。牛島はそれでも動こうとしたが、伊吹が止めた。


「だめです、動かないで」

「っ、しかし、」

「いいから。いたずらに死ぬべき場面じゃねっすよ」


伊吹の声音からは、諦めは見えなかっただろう。必死に、伊吹はそれを隠した。隙を伺って動いてくれ、なんて余裕のあるようなことを言いつつ、男たちの強い力に怯えた。いったい何をされるのか、その恐怖にゆがんだ顔を見せたくなくて、伊吹は後ろを見なかった。

一緒に死ねればマシだった。それすら許されないというのなら、いったい伊吹はこの国へ、何をしに来たというのだろう。


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