第一話: City of Light−7


伊吹は14区から風気魔法で飛ぶこと5分、6区の上を通過してセーヌ川に到達した。すぐ正面にはシテ島が見えている。堂々たる姿を誇るのは、火災で屋根と尖塔が焼失したノートルダム寺院である。足場がまだ残った大聖堂のすぐ近くに、有名な観光地であるサントシャペルがあり、日本人など民間人56名が閉じ込められている。

シテ島そのものはロシア軍によって占領されているが、これはセーヌ川によってパリを南北に分断して連合軍の侵攻を阻むためのもの、つまり右岸の封鎖のためのものだった。強引にシテ島を突破しようとすれば、パリで最も古いこの地区に被害が出てしまう。フランス政府およびパリ市当局は、パリ市街地における戦闘を極力日本の第1魔法科大隊に任せるよう連合軍に請願しているが、それは魔法によって市街地を破壊しないようにするためだった。

函館解放作戦において、伊吹たちが市街地への被害をほとんど出さなかったことから、市街戦における有効性に期待しているのだろう。


「こちら朝倉、ぼく…赤葦取れるか」

『こちら赤葦』

『ちょ、なんで俺じゃねぇの!?』

「うるさいんで。赤葦、今シテ島上空に着いたけど、集合どうする」


シテ島に展開している第三小隊”Owl”の小隊長は木兎だが、参謀役というか、正直この小隊を実務的に引っ張っているのは赤葦で、木兎は小隊長なのに特攻隊長だった。無線で騒ごうとした木兎は今頃猿杙などに止められているだろう。赤葦が引き続き無線を取った。


『左岸寄りの橋はすべて押さえたから、これから右岸に移る。伊吹はまずサントシャペルの民間人を確認してから周囲を掃討、そのあとシテ駅地上入り口で集合』

「了解」


伊吹に対して命令する立場ではない赤葦だが、自由に動く伊吹は指示を受ける方がやりやすい。必要なときに必要な使い方をしてもらうために特殊即応官をやっているのだ、何が必要なのか示して欲しいわけである。

伊吹は指示された通りサントシャペルに降り立つと、精緻なレリーフに覆われた石組に嵌まった重厚な木製の扉を叩く。


「連合軍に派遣されている日本国防軍です、邦人の方はいますか!」


英語では敵の罠を警戒される可能性もあるため、あえて日本語で呼びかければ、すぐに日本人が扉を開いた。不安そうに恐る恐るこちらを窺う男性の顔が扉の隙間から現れる。

伊吹は敬礼しながら笑顔を作った。及川や侑に特訓を受けて、笑顔を作るということには少し慣れた。


「連合軍統一特殊兵科連隊および国防陸軍第1魔法科大隊所属、朝倉一等陸尉です。当地区を解放しに来ました」

「た、助かった…!助けが来たぞー!!!」


男性が中に呼びかけると、日本人と思われる歓声が響き、扉が大きく開いたことで軍人の姿を目にした外国人たちも喜びの声を上げた。美しいピンクのステンドグラスが荘厳に輝く教会の中、多くの人々が座っており、前方の燭台前にはカトリックの人々が祈るために膝をついていた。それらの人々もこちらを見て喜びを顔に滲ませる。


「怪我をしている人、急病人はいますか!」

「軽傷は数人いますが、みんな健康です」

「それならよかった。まだ市内には敵が潜伏しています、モンパルナスから輸送車が来るのでそれに乗って南へ避難させます」


扉を開けた男性にそう言ったところで、敷地内に真っ黒なSIA-88がやってくる。いつもの輸送車だが、日本本土での戦いのときよりも新しくなっている。キャパが増えたのだが、教会にはかなりの数がいるため、2台に分乗させた。

感謝の言葉を様々な言語で聞きながら、全員の避難を確認すると、伊吹はすぐにシテ駅に向かった。走っていけば2分ほどで着いたが、すでに木兎たちが揃っていた。


「おせーぞ伊吹!」

「すんません、思ったよりも多かったんで」

「謝らなくていいよ〜」


穏やかに言う猿杙に礼を言って、伊吹は赤葦と木兎に向き直る。


「駅はどんな?」

「透視した限り、結構いるね。2個小隊ってとこ。電車が止まってるのと、地上への階段にもそこそこいて、気付かれずに倒せるのは少ないと思う」

「思い切り突っ込めればいいんだけどよ、この駅も歴史あるんだろ?」


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