第一話: City of Light−8
木兎が不満げにするが、パリ地下鉄はそのものが歴史的価値を持ち、シテ駅は1910年の開業である。とりわけそのデザインは、まるでスチームパンクのような産業革命期を彷彿とさせる工業的なデザインだった。
「中に入って見れば壊したくなくなるんじゃねっすか。クソかっけー駅なんで」
「マジで!?よっしゃ観光だ!!」
はしゃぐ木兎は、かわいらしい看板の下にある4号線への階段へいきなり飛び込んだ。作戦も何もなく突入していく特攻隊長に、赤葦は「ちょっと木兎さん!」と叫ぶが聞いていなかった。
これはいつものことなので、赤葦たちは呆れながらも慣れたように後に続く。それに木兎も、無茶なことはするが、作戦を失敗させたことはない。これで実力者のエリートだ、確実に敵だけを倒せる。その信頼感もあるようだった。
伊吹も一緒に駅の階段を下りていくと、早速木兎の衝撃魔法が展開される音が聞こえた。兵士たちの悲鳴も聞こえる。
「あー…これは確かに男のロマンって感じかもね」
すると赤葦は、駅の内装を見てそう漏らした。打ち付けられたような武骨な鉄板の壁や階段、しかし装飾された手すりや電灯、それらはまさに工業的なデザインと旧時代のデザインがひとつになった19世紀末的なものだ。男心をくすぐられるという表現はよくわかる。
階段を下りた先の踊り場にいた兵士はすでに倒れており、伊吹たちがその踊り場からさらに階下を覗き込むと、ホームのトンネルに止まったままの4号線の車体の上に木兎が乗って、次々とホーム上の兵士たちの頭を爆破させていくのが見えた。
「うわ……」
「えげつないけど、信じられなくらい正確なんだよね」
血しぶきがタイルや球体の照明を汚していくが、兵士たちが発砲する間もなく倒れるため壊れる場所は少ない。援護するため伊吹は光線を出して、木葉は鷲尾の衝撃魔法を干渉魔法で複雑に動かして敵に当てた。あっという間にホームから生きた兵士は伊吹たち以外いなくなり、木兎は血だまりのホームにひょいっと降り立つ。
「次はデートで来ような、伊吹!」
「…それここで言うことっすか」
にっこりとした木兎の周囲の凄惨な状況に顔を引きつらせる。相変わらず戦場になるとネジが緩む木兎である。
そこへ、線路の奥、トンネルの暗がりから複数人が走る音が聞こえてきた。一瞬、全員がそちらを警戒するが、それを察したのか、無線が入る。
『こちら”Crow”、間もなくシテ駅に到着する』
「お、澤村か!ちょうどだな!」
木兎が無線に返しているのを聞きながら、伊吹たちもホームに降りる。すぐに、電車の影から澤村たち第一小隊が現れた。サン=プラシード駅からここまで4号線掃討作戦にあたっていて、シテ駅からは第三小隊と合流してパリ東駅を目指す。
春先といえど4号線は熱が籠るため熱く、澤村たちは少し汗をかいている。
「木兎!地上はクリアか?」
「おう!こっから南もクリア?」
「あぁ、つつがなくな」
木兎は笑って会話しつつ、恐らく頭の中で(筒が泣くってなんだ…?)と思っていることだろう。「なんの筒?」と言い出してキリがなくなる前に、すかさず赤葦が前に出た。
「サントシャペルの民間人も救助済みです。伊吹が確認してくれました」
小見たちが赤葦の先回りに感心して軽く拍手しているのを横目に、伊吹も澤村に頷く。
「輸送車2台がモンパルナス駅へ向かいました。アンヴァリッドはもともと市警が待機しているので、これで左岸は解放できたも同然です。作戦通り、ここからは右岸に入ります」
「了解した。伊吹はルーヴルか?」
「はい」
「いいな〜」
木葉がうらやましそうにするので「代わります?」と聞いてやったが、いい笑顔で首を横に振られた。
シテ島の解放によって、モンパルナス駅やリュクサンブール宮殿、アンヴァリッドなどのあるセーヌ川左岸は連合軍に掌握された。次は、より道幅が狭く歴史的価値の高い右岸が舞台となる。
「朝倉さん!おれも敵倒せました!」
「たかが3人だろボケ」
「なんだと!」
すると、日向が伊吹にそう言って手を振ってきた。隣の影山が冷たく言うが、日向は怒っているようにしつつも険悪ではない。長い付き合いだというから、いつものやり取りなのだろう。正直、人を殺すことに慣れて欲しくないのだが、伊吹はちらりと澤村を見るだけに留めた。澤村は心得たように頷く。そのあたりはきちんと面倒を見てくれるだろう。
「…怪我はすんなよ。健闘を祈る」
伊吹はそれだけ言って返す。日向は「うす!」と勢い込んで敬礼した。
「おい逆だっつってんだろ日向ボゲェ!!」
「間違えた!!」
そんないつも通りの二人の会話に、伊吹は一瞬ここが戦場であることを忘れそうになる。小さく笑って軽く敬礼を返すと、伊吹は風気魔法で階段から一気に地上へ向かった。変わらないでいて欲しいと願う伊吹だが、きっと、日向たちのああいう部分は変わることはないのだろう。戦争が変えてしまったものを見すぎのかもしれない。
思えば、イラクだって戦後とは分からないほど生活の在り方が変わっていなかった。変わらないものを見失うことのないようにしなければならない。
駅から地上に出れば、相変わらずパリには銃撃の音が響き渡っている。目指すはルーヴル、世界で最も有名な女性の住む宮殿だ。