第一話: City of Light−9
一度ノートルダム大聖堂の鐘楼の屋根に足をつけて西を透視すると、ルーヴル美術館は見事に包囲されていた。特に、地下鉄からの地下通路が中庭の地下エントランスと繋がる部分では激しい銃撃戦が行われている。
ロンドンにある連合軍欧州司令部によると、ロシア軍は一応戦時国際法を守ろうとしているらしく、文化財への攻撃はしない、という立場でいるらしい。そのため、パリ侵攻に際しても歴史的建造物や文化的な街並みへの被害は与えないようにしていた。フランス軍やパリ市警も市街戦にならないよう動いていたということもある。
しかし、シテ島を占領したのと同じで、ロシア軍のやり口は「反撃すれば壊れる」という状態にして人質にとるというものだ。ルーヴル美術館に対しても、ロシア軍はあくまで地下通路の制圧を目的としており、美術館への攻撃はしないと宣言しているが、しかし激しい戦闘になれば結果的に壊れてしまうと脅しているのである。
函館の占領も、最低限の戦力で占領するために市街戦となることそのものを脅しの材料にしていた。
「…ま、合理的ではあるな」
ぽつりと伊吹は呟く。風に乗って声はすぐに掻き消える。しかし、この宮殿を人質にしようという考えそのものに伊吹は怒りを抱く。
イラクでテロリストに破壊された遺跡や貴重な古代の出土品を数多く見てきた伊吹は、人類の宝である文化への冒涜を決して許したくはなかった。この美術館にも、多くのメソポタミアの宝が収蔵されている。
風気魔法で飛び出した伊吹はまず、ルーヴル美術館上空に来ると垂直に地上へ降下した。目にもとまらぬ速さで中庭のピラミッドへ来ると、入り口からエスカレーターを下りて広大な地下エントランスに突入した。
「こちら朝倉、ルーヴル美術館ピラミッド直下到着」
『こちら”Leaf”、リシュリュー翼側の地下道まで来て』
「了解」
伊吹は北側のリシュリュー翼の地下、螺旋階段の背面から通路を進んで地下鉄1号線と7号線のルーヴル美術館駅に繋がる通路へと走った。エントランスは銃声と怒声で満ちており、ブーツが床を叩くようにして走る音がそこかしこに響く。埃と硝煙によって薄暗くなっていた。
駅への通路に着くと、見慣れた濃紺の迷彩服が黒い孤立空間魔法の後ろで銃を構えていた。
「及川さん、」
「やっほー伊吹、時間通りだね。見ての通り、苦戦中」
「おいクソ川サボんな!」
「サボってねーから!」
苦戦と言われ苛立ったのか岩泉に八つ当たりされる及川は、ヘルメットを直しながら伊吹のところへと歩いてきた。背後の通路では激しい銃声が響き、ショッピングモールのようになった両サイドのテナントのガラスが割れて天井からは広告のタペストリーが力なく垂れ下がっている。
「苦戦…相手にも魔法科がいるんすね」
「ご名答。俺らの魔法と相殺されれば爆風がこの上に達する。真上はリシュリュー翼だからね、こっちも銃撃に頼らざるを得ない。向こうは別に被害が出てもいいわけだから気楽なモンだよ」
「つーかモナ・リザ含めて全部残ってるとか面倒すぎんだろ」
花巻は不満を垂れる。孤立空間魔法の壁に寄りかかり、たまに壁から銃口を向けるがすぐに発砲されひっこめた。
「第二次世界大戦では美術品の梱包に二日かけてます、僅か半日でハノーファーからパリに到達するとは連合軍も予想外だったっぽいっすね。で、館長は?どうせ残ってますよね」
「館長と職員はパリ市警と一緒に地下1階のシュリー翼側の廊下にいるよ。検札のところ。そこの展示室130が対策本部みたいになってる」
「…さすがにこの美術館の中まで覚えてらんねぇっす」
「はいこれ」
及川に渡されたのは館内見取り図だった。観光でもないのにこれが必要になるとは思わず無言になる。
「岩ちゃんの分だったんだけど、いらないって返されちゃった。日本語版なのにね。面倒だけど伊吹、俺も諏訪君もじゃんじゃん展示室番号で指示するから」
上階にいる”Seagull”の小隊長である諏訪も及川も、やはりこれは覚えられないらしく、マップを見ながら指示を出すそうだ。こればかりは致し方ない。
「…分かりました。民間人は」
「大半は703、ダリュの踊り場にいる。1階ね」
「えー…と、あぁ、サモトラケのニケのとこっすね。地上階は地上階でいいんすよね」
「そこはヨーロッパ式にしてる。ニケの踊り場と、あとは同じ1階のリシュリュー翼のでかい廊下ね、イタリア絵画ゾーンとかのあたり」
「了解です」