第一話: City of Light−10


第二次世界大戦でもそうだったが、ルーヴル美術館の館長はこういうときに美術館を離れることはない。フランスにおける文化とは、そういうものだ。

この美術館に逃げ込んだ民間人はおよそ5000名と聞いている。邦人は少なくとも108人、その中には日本大使館の職員と外交官もいる。地上施設は諏訪率いる第四小隊がおり、他にもパリ市警やフランス軍が警備にあたっているようだ。

地下では第五小隊を含む連合軍が戦闘している。


「そんで及川さん、このあとどうします」

「爆轟魔法で遠隔爆破お願い。やられ次第、多分地上で宮殿を囲む兵士たちが動き始めるから、俺たちは地上に行くよ」

「了解しました。諏訪さん、こちら朝倉」

『こちら諏訪、どうぞ』

「これから地下を掃討します。地上での行動が始まると思うんで、地上施設の防衛に入ってください」

「諏訪君、こちら及川。俺たちはリシュリュー翼に行くから、諏訪君たちはドゥノン翼にお願い」

『了解。シュリー翼はどうする』

「諏訪さんたちはドゥノン翼とシュリー翼に散ってください。俺がフォローします」

『分かった』


無線を終えると、伊吹はマップを胸ポケットにしまう。及川は「移動だよ」と第五小隊に告げる。伊吹は孤立空間魔法の背後で座って様子を見ていた金田一と国見のところに近づいた。


「大丈夫か」

「あ、はい!いいえ!」

「どっちだよ」


思わず小さく噴き出すと、金田一は顔を若干赤くする。二人に合わせて伊吹もしゃがむと、二人の肩に手を置いた。


「タダでルーヴル美術館を見学できるチャンスだ、良かったな。今、モナ・リザは一時的にリシュリュー翼にいる、ドラクロワとかと合わせて見とけ」

「そんな…観光に来たわけじゃないんスよ、」


まじめな金田一はそう答えたが、伊吹は「いいから」と強めに答える。国見もどういう意図が分からずこちらを訝しんで見ている。

すると後ろから、老齢ながら凛とした声がかけられた。


「Mona Lisa ne peut pas être évaluée.」


振り返ると、そこにはスーツ姿のダンディな男性がいた。その美しいフランス語と気品に溢れた立ち居振る舞いから、その人物が誰か判断するのは容易かった。

及川たちは驚いたように男性を見ている。銃撃がやまないこの場所に臆せず立っているのだから当然だろう。


「あー…Comment comptez-vous prendre vos responsabilités si quelque chose lui arrive?」

「Tel est son destin.」


一応国連に関係する仕事をしていたこともあり、伊吹はへたくそながらフランス語を少し喋ることができた。拙いものだろうが、男性は笑みを深めると、一言だけ、英語を発した。


「We count on you(頼んだよ)」

「っ、」


伊吹はその言葉に目を見張る。そして、ゆっくりと頷いた。男性は元居たシュリー翼へと戻っていく。


「あの…今の人は…?」


分かっていない金田一に、伊吹は思わず笑って答える。なぜなら、まるで映画のような決め台詞をここまで自然に言えるだけの格好良さに、もはや笑うしかなかったからだ。立ち上がり、背中のライフルを背負い直す。


「ルーヴル美術館館長。さっきのフランス語は、戦後、初めてモナ・リザが国外に運ばれ『モナ・リザ外交』が始まったときの記者会見での言葉だ。あくまでニュアンスだけで正しい言葉じゃねぇけどな」


門外不出のフランスの宝、モナ・リザ。それを海外に運ぶ際にフランス国民を納得させるために記者会見で述べられた言葉だとされる。

保険金をかけなかったことに対して述べたのが、最初に館長が述べた「モナ・リザに値段はつけられない」という言葉。そして伊吹は、「もし彼女に何かあったらどうするのか」と尋ねた。

その返答は、「それが彼女の運命だ」

モナ・リザはフランスの宝であると同時に、フランスとともに生き続けているのである。過去のものではなく、今を、そして未来を生きる存在なのだ。


「……それが、俺たちが守ろうとしてるモンなんだ」


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