第一話: City of Light−16


迷彩魔法が解けると、突然通路に現れた四人の兵士に乗客がどよめき、押し殺したように悲鳴が上がった。伊吹はすぐに前に立って乗客たちに視線を向ける。


「Please stay calm! We are Japanese Defense Army belonging Allied Forces, and came to save you!(落ち着いて!我々は連合軍に属する日本国防軍です。あなた方を助けに来ました!)」


そう伝えれば、乗客たちはワッと沸き立った。声を上げて喜ぶ人々につられて、隣の車両の人々もこちらの様子を窺い、国防軍の伊吹たちを見て状況を察して喜色を浮かべた。

沈黙を強いられていた人々のざわめきが満ちる中、ここまで案内してくれた女性が「あの、」と声をかけてきた。伊吹が女性を見下ろすと、女性は意を決したように口を開く。


「私はゾフィー・ヴォルベルクスと言います。夫がドイツの軍隊にいます。昨日、夫はハノーファーでの任務に向かいました。私と娘はカールスルーエからパリに来ましたが、SNSでハノーファーは占領されたと聞きました。ハノーファーは今、どうなっていますか」


女性の夫はドイツ軍にいたようで、任務はハノーファーだったらしい。ハノーファーは昨日の夕方に陥落し、半日でロシア軍はベルギーを通過してパリに到達している。そして、ハノーファーにいたドイツ軍と連合軍は、全滅した。
ハノーファー陥落はニュースになっているが、そこにいた軍隊がどうなったか、というのはまだ連合軍内にとどまっている情報だ。しかし遅かれ早かれ、ゾフィーも知ることになる。
同じくそれを知る侑や赤葦、西谷も、ゾフィーの言葉を聞いて顔を曇らせた。


「ミセス・ヴォルベルクス、残念ながら、ハノーファーにいた連合軍は全滅したと報告を受けています」

「…っ!Oh Mann(なんてこと)…!」

「Kopf hoch(顔を上げて)、まだ戦争は終わっていません」


通路でしゃがみ込んだまま顔を伏せるゾフィーに、伊吹は目線を合わせるため膝をつく。慣れないドイツ語の発音はきっと拙いものだっただろうが、ゾフィーは顔を上げてこちらを濡れた瞳で見つめる。


「きっとあなたのパートナーは、あなたと娘さんのことをずっと考えていたはずです。生きているかもしれない、なんて無責任なことは言いません。たとえどんな結果であっても、今、ここはまだ戦場です。娘さんを守れるのはあなただけだ、だから、あなたは前を向いて逃げなければいけない。生きなければいけない。そして戦争がすべて終わってから、振り返りましょう。それまで、どれだけ泣いてもいい、怒ってもいい、笑えなくていい、だから…だから、ただ、生きてください」

「はい…はい……!」


ゾフィーは巻いていたストールで涙を拭きながら頷く。恐らく、彼女の夫は助かっていないだろう。パリ解放後の欧州戦線がどうなるかもまだ分からない。しかし、娘を守るべき母親である以上、まずは生きなければならないのだ。生きてさえいれば、いくらでも道がある。
イラクで見た親を失った子も、子を失った親も、まるで表情筋が凝り固まったかのように表情をほとんど動かすことができず、二言目には「なんでもいい」「どうでもいい」となってしまうようになった人が多くいた。すべてを失ってでも、命だけは失ってはいけない。それは言うほど簡単なことではないのだが、今はそれしかないのである。


「俺はあなたたちがこの先助かって生きていくことまで責任は負えない。でも、今この瞬間、あなたたちを絶対に守ります。パリを解放して、この先もあなたたちが生きていくための道を確保します。俺にはそれしかできないけど、でも、できることは絶対にやります。だから安心して、パリから先のことを考えていてください」


伊吹たちにできることは少ない。しかし、できることが少ない人たちが、ひとつのチェーンを作るのだ。それぞれができることをやって、一本の線ができる。その目的はただひとつだ。一人でも多くの人を助け、この戦争を早く終わらせ、そして次の世界を築く礎となること。自分の及ばない領分を別の誰かが遂行することを信じて、ひとつの目的のために努力する、そうやって、世界の歴史は進んでいくのだ。


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