第二話: Le plus important est invisible−7
「ま、そうやって支えてやりてぇなって思って絡むとさ、可愛いとこあって、そういうの知ってくうちに、だんだん普通に手ぇ出したくなるんだよな」
「手ぇ出したら殺すかんな」
「先に牛島さんのことなんとかした方がいいじゃねっスか及川さん」
「うるさいな!」
及川が牽制してきたため正論を突き返せば、及川はまた喚くかと思われた。だが及川はそれ以上騒ぐことはなく、視線を前に戻した。
「…ウシワカはポンコツだけど、伊吹のことに関しては任せられる。あいつはまっすぐだから。俺のは伊吹にとってただの優しさで、そういう優しさは、伊吹を傷つけるだけなんだ」
「優しさが…?」
珍しい及川の言葉に、金田一が首をかしげる。及川も大概伊吹には甘くて、そして伊吹に甘えられている。それを羨ましく思っているのは、恐らくここにいるみんながそうだろう。
二口が言ったことは黄金川や金田一たちにもきっと当てはまることで、入隊して伊吹の話を聞けば全員が同じような感情に至る。だからこそ、及川の言葉が解せないようだ。
「伊吹はいつまでも、ティクリートのことで自分を責め続ける。周りが何を言ってもね。だから優しくすると、自分にはそんな価値はないって自分をもっと責めるんだ。でもウシワカはそういう優しさはなくて、ただ伊吹のことが好きなだけなんだよね。そんで、伊吹を励ますことができるって自分で思ってない。だからこそ、あいつのまっすぐな肯定が伊吹を救うんだ」
「…どうしても、俺たちは伊吹さんを助けたい、励ましたいって思っちゃいますもんね」
及川の後ろを歩く国見が静かに言うと、隣の金田一は「そう思うなって方が無理だ」と頷いた。
国見は思い当たる節があるようで、顎に手を当てる。
「函館でも、伊吹さん、駐屯地の遺体を集めてくれたけど、『助けられなかったらほんとに怪物になっちまうのに』って言って、助けられなかったこと謝ったんです。今なら、なんであんなに自分を責めてたのか分かります」
二口は、国見の言葉を聞きながら真剣な表情をしている及川を見て、まぁそうなるよな、と内心で独りごちる。
「伊吹の苦悩は、そんな生ぬるい姿勢でなんとかできるモンじゃなくて、それごと一緒に背負える度量と、変な話、単純さが必要だってことだ」
11万もの人を殺してしまったという事実を背負う。その途方もない苦しみは想像すらできず、ただ、その覚悟を自分で背負えないことだけは確かだった。それを理解した黄金川たちも視線を下げた。金田一や国見もそうだ。隣の青根も薄い眉を下げている。
「…でもさ、そういう優しさとか、生ぬるいモンも、無意味じゃないんじゃね?」
すると、花巻がそんなことを言った。どういうことかと視線が集まると、花巻は隣の松川に視線を遣ってバトンタッチする。松川は心得たように、及川の背中を軽く叩く。
「そうそう。伊吹を根本から救うことは牛島にしかできないかもしれない。でも、及川の優しさも、国見、金田一、黄金川たちの憧れも、二口や宮双子たちの気兼ねなさも、全部伊吹の心を軽くしてるんだと思うよ」
「マッキー…まっつん……」
「まっ、二人の言うとおりだな。伊吹だって弱くねぇ。自分で自分を奮い立たせるための原動力として、お前らの優しさや肯定が力になってんじゃねぇか」
「岩ちゃん…」
大隊の中でも、花巻と松川は特に大人びているし、岩泉も端的に核心をつく。基本的には同様に人を率いる冷静さを持つ及川が伊吹のことになると思考を鈍らせることがあるが、それでもこの三人が支えるのだ。
そうやって、ある意味ではこの大隊全員で、伊吹のことを支えているようなものなのだろう。
今も、三人が及川を浮上させつつ、何もできないわけじゃないのだと二口たちのことまで励ましてくれた。お返しではないが、それなら二口もそれに助力することにした。
「…とりあえず、まずはパリを解放してとっとと日本に帰りましょー!ほら、もうリシュリュー通りですよ、及川さん顔だけはいいんですから辛気くさい顔してちゃだめっスよ」
「顔だけってどういうことかなにろちゃん!」
二口が及川を煽るのはよくあることだが、今は空気を弛緩させて目の前のことに集中させる切り替えとなった。戦闘によって傷ついたサントノーレ通りからリシュリュー通りへとつながる、パレ・ロワイヤルに面する交差点に到着すれば、あとはまっすぐ北上していくだけだ。
無線ではたまに、ほかの作戦を知らせる無線が入る。恐らく順調に進むだろうから、残る任務は一つだけだ。
まだ町並みに隠れて見えないが、この先にあるモンマルトルが、最後の舞台である。