第二話: Le plus important est invisible−8


パリ7区、ラスパイユ通りを北上する輸送車の車内で、東駅での戦闘を巡る無線を聞きながら第二小隊は沈黙の中にあった。この輸送車は連合軍のもので、SIA-88ではない。車というよりトラックに近く、運転席と助手席以外は座席ではなく、他の隊員たちは荷台の床に直に座っている。
先ほどまでモンパルナスで連合軍とともに北から避難してきた民間人を受け入れて、西への待避を手伝っていた。

第二小隊はもともとそう静かなわけでもない。他の小隊のようにやたら騒がしいのがいるわけではないが、天童や瀬見、山形はよく喋るし、五色も何かと口を開くことが多いため、まったく会話がないということもあまりなかった。
それでも静かなのは、小隊長である牛島が少しピリピリとしているからだった。

静かだな、と思いながら、二次入隊でこの小隊に配属された川西は窓の外をぼんやりと眺める。

運転している大平のドライブテクニックはなかなかのもので、中央分離帯のある片側二車線の大通りに車があちこちに散らばって止まっているこの道でもスムーズに進んでいく。たまに通れなさそうな車があると、大平がすかさず衝撃魔法で吹っ飛ばすため、大きく車が揺れ動くこともない。

比較的新しい街並みは相変わらず美しいものだが、西の方からは一際多くの黒煙が空に昇っていくのが見えている。パリ市警との激しい戦闘があったアンヴァリッドの方からだ。

静かな車内にしびれを切らしたのは、案の定、天童だった。


「…ねぇ若利く〜ん、そんなに伊吹が赤葦君たちと東駅向かったのがむかつくの?」

「うおい天童!おまっ…馬鹿!ほんと馬鹿!!」

「うるさいよ英太君」


そして天童は牛島がピリピリとしている原因に対して、なんの躊躇いもなく思い切り突っ込んでいった。つい瀬見は語彙力を下げて叱るが天童はそんなことを気にする男ではない。
助手席の牛島は、ちらりとこちらを振り返ってから、意外にも静かに答えた。


「むかつく、というのかは分からない。ただ、もともと俺たちが東駅であれば伊吹の手を煩わせずとも解放できた」

「とか言って〜。赤葦君やみゃーあつが伊吹と一緒に少数編成になってるのが面白くないんでしょ〜」

「…今は任務中だ」

「ふ〜ん?」


あからさまにぶすっとしている牛島に、天童は楽しそうにする。
イニシャルセブンである牛島が伊吹のことを大層大事にしていることはもう全員がよく知っていることで、川西も先ほど、牛島にキレられたばかりだ。
空からダイビングしてモンパルナス駅付近に着陸した際に、伊吹のことをつい抱き締めてしまった川西は、「任務中に何をしている」と牛島に怒られたのだ。それが私的な感情に基づくものであることに気づいていないのは本人だけだろう。

伊吹に何かあったら許さない、と牛島に言われている第二小隊は、無意識に無線で伊吹の声に耳を傾けてしまう。中隊時代から伊吹を知る瀬見や天童、大平、山形は牛島に言われなくともそう思っている節があるが、二次入隊組である川西と白布、五色は最初困惑した。
空軍にいた三人は、北九州の惨劇を目の当たりにしてから魔法科に転向した。三人がいた環境とはまったく異なり、縦社会はせいぜい体育会系というレベルでしかなく、軍隊式の規律の中にいた立場からすれば緩いことこの上なかった。

その上、小隊長であり、世界で二番目に魔力量が多いエリート中のエリートである牛島が、同じ男である伊吹にここまでうつつを抜かしているとも思っていなかった。

最初こそ驚いていた三人だったが、伊吹を知る中で、彼らがこうも伊吹に惹かれる理由を知った。


「伊吹の男前さに惹かれて入隊した影山や黄金川、金田一、白馬が来てから若利も焦るようになったよなぁ」


わかりやすい牛島を見て瀬見が言った通り、川西や白布と同じタイミングで入隊したメンバーの中には、日本本土侵攻の際の伊吹に憧れてやってきた者たちもいる。
彼らは最初こそ伊吹の男前さに憧れを抱いていたが、からかって既存のメンバーが訓練を伊吹に押しつけた結果、彼らは伊吹の可愛いところも知ってそのギャップにだんだんと別の感情も抱くようになりつつあった。
牛島はそれを論理的に理解しているわけはないが本能で感じ取っているようだ。

川西も伊吹の事情を知り、単なるギャップだけで瀬見たちも伊吹を大事に思うようになったわけではないのだと知ってから、自分なりに伊吹を大切にしようと思っている。
何かと自分を責めてしまうこともある伊吹を、川西や白布は普通の友人として接するようにしていて、少しでも暗い思考に陥らないようにしようと心がけている。可愛いところもあると思っているものの、二人はさすがに伊吹に恋心は抱いていない。
五色は単純に伊吹の強さに憧れており、ギャップでたまに顔を赤くしているところを見るが、かまわれ上手な日向や黄金川、金田一といった「ガチ勢」に伊吹を取られてしまうので一歩引いているようでもあった。


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